公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

未来への思い
舘 糾


 しばらく続いた化学工業界の好調もバブルの崩壊と共に不況の色を濃くし,平成3年度の化学会社の決算は大部分の企業において大幅減益となった。特に化学工業の中心を占める石油化学工業は非常に悪い。この原因は世界的に見て規模の小さな化学会社が,それぞれに石油化学工業の体系を充実させようと増設,増産を行った結果である。日本に特徴的な「よそがやるから,うちもやる。」のパターンであり,それぞれの会社には殆ど技術的な特長がない。なぜこのような馬鹿げたことが行われるのか。

 第一次・第二次の石油ショックがあった時に,世界で最も影響を受けたのは日本の化学工業であった。その時,各社は必死になって既存事業の省資源,省エネルギーをやると共に,よそと違う特化された製品の創出に努力した。前者は非常に旨くゆき,既存の大量生産型の汎用品のコストを安く作ることには成功したが,後者の特化品は附加価値は高いものの,なかなか量が纏まらず苦労のわりに採算に乗らないことが多かった。そこへ世界的に汎用品が不足の状況となってきたので,各社はまたぞろ合理化で力をつけた量の多い汎用品に向かった。その結果,暫くは非常に好況であったが,過剰生産となり現在の姿となった。このような時期になると必ず出てくるのが,会社の規模が小さいから合併して国際規模の会社にしようとの話である。私は石油化学の基礎的な部分はその方が望ましいと思うが,規模を大きくしただけで良いとは思えない。と言うのはこの地球上に54億人の人々が現在生活し,2050年には100億人になるという現実と,地球環境へのCO2を初めとする環境悪化のことを考えると,技術レベルの高い日本では長期的には如何にして汎用品をリサイクルして廃棄物を減らすかと言うことと,本当に人間に必要な,技術レベルの高い特化された製品を創造してゆくのが日本の化学工業の姿だと思う。こう考えてくると,日本の化学工業の規模は大きいのも必要だろうが,それは一部で良いのではないか。最近米国の有名な経済学者P. F. ドラッガーの著書「managing for the future」によれば未来型企業は規模として,売上げ金額で年間6千万ドルから10億ドル,人員は200人から2,000ないし3,000人が望ましいと書いている。これは現在アメリカで伸びているのがこのような企業であり,大企業はIBM,GM,DuPontを初め皆駄目になってきている。これは会社が大きくなり過ぎると官僚的になり,血が通わなくなり創造的なことができなくなるからだと言っている。彼はサッカー・チームの如く,各人にスペシアリティがあり,変化に応じて全体のために皆が働くのが未来型企業であり,それは各人が意欲を持って働く場であり,その意味で企業はボランティヤー活動に学ぶべきだと述べている。

 私は彼の説に賛成だ。日本が今後,世界やアジアの人々から尊敬されるためには人まねでない創造的な製品で勝負することだと思う。そのためには活気あふれるスペシアリストからなる会社でなければならない。

 以上一般的な未来への私の思いを書いたが,同じように未来に向かって,有機合成化学をやっておられる皆様方へのお願いを最後に書きたい。

 現在の有機合成化学は私共の時代に比べると,膨大な合成例や,分析手段の高度化等隔世の感がある。分子化学の時代となり,21世紀こそは新素材,エレクトロニクス,生命科学を含めて化学の時代になると思う。その場合,有機合成化学に携わる人々の深さと拡がりをお願いしたい。そういう意味でコンピュータ・ケミストリーも毛嫌いせずに,皆で力を合せて使い勝手の良いものにしていってほしい。関西化学工業協会では豊橋技術科学大学の佐々木学長や船津先生のご指導の下に,関西の有志企業16社が集まって成果を上げつつあるし,一方,近畿化学協会でもコンピュータ・ケミストリーの勉強会を行い,両協会が仲よく仕事を進めている。

 日本の製造業の強さは現場の生産技術力にあるのは言うまでもないが,この点の強化が日本の将来のために私は必要だと思う。そのためには皆さんにもっと工場の現場を知って頂きたいと思う。コンピュータの時代となり,図上で考えることが多くなったが,「百聞は一見にしかず」で,是非,幅広く自分の仕事の関連分野に関心を持って頂きたいと思う。

 21世紀が日本にとって,人類にとって輝かしい時代となるよう,皆様のご健闘を祈りたい。


(平成4年5月8日受理)
ページ更新日
2012年4月23日