公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

生体系諸反応を化学の手に
丸山 和博


 最近の有機合成化学の進歩,発展は目覚ましいものがある。私が学生時代を送った1950年前半の有機化学と約半世紀後の今日と比べて見ると,その進展と発展に驚くばかりである。

 しかし,ここで喜んでばかりいられない。われわれ人間の行う反応が何と副反応生成物の多いことか。公害たれ流しの多量消費時代は昨今大きな反省を迫られている。有機合成化学も生体諸反応型の高効率,低エネルギー消費,無公害型反応の開発を目指して努力すべき時であると言わねばならぬ。もちろん,大多数の有機化学に関心を持つ人々がこの事実を認識して日夜心を砕き,努力を傾けられている。バイオミメティック化学といわれる分野で一歩,一歩成果が蓄積されている。頼もしいことと言うべきである。が一方で,一頃の勢いが徐々に失われ,その分野で取り扱われている課題が余りにも画一的で偏っているように思われるのは,私のひが目であろうか。もっと視野の広い,遠大な課題に取り組む人が輩出しても良いのではなかろうか。利潤追求型の機関に所属する人々にはこのような夢物語は,お叱りを受けるかも知れぬ。しかし,大学等の研究機関に所属する人々には一考も二考もして欲しいものである。

 研究を遂行していくには研究費が必要である。研究費の主流は,わが国では科学研究費である。科学研究費は当事者の御理解によって一千億円の大台に近づきつつある。これは大変喜ばしき変化と言わねばならぬ。と同時に,研究に従事する人々の頭の切り換えも必要ではなかろうか。研究費の申請をするためには,二,三年の間位に,ある目に見える成果を要求される。したがって,どうしても研究課題を選択する時に,成果の挙がりそうな小さな課題,他の論文からの亜流を狙った課題を選びがちである。せっかくの独自な発想を展開すべき絶好の機会を自ら放棄している。まことにもったいないことと言わねばならぬ。話題は少しそれるが,時として,一度や二度は研究費を申請するが,当たらぬので研究費の申請を渋るという人に出くわすことがある。自惚れもはなはだしいと言えよう。一度や二度の申請で本当に自らの進めたい研究の内容が煮詰められているかどうか。申請には,それを審査する第三者があることを強く認識しておく必要がある。と同時に,申請が認められるまでは,内容を洗練しつつ,申請を繰り返すだけの情熱を持ちたいものである。研究費の申請には,審査に当たる第三者をして共感を抱かしめるだけの情熱を盛り込むことが大切であろう。

 さて,本題に戻って,生体系の諸反応を化学の手にするにはどうすれば良いか。御許しをいただいて,偉そうなことを書けば,論文の中に課題はないということである。まず,自然に目を向けなければならない。自然を深く観察することによって,そこには研究課題が無数ともいえるほどに転がっていることに気付く。自然界が作り出した物質を取り扱う学問として体系化してきた有機化学が,その原点に戻って再出発すべきルネッサンスの時であるといえよう。進歩,発展の最盛期にあっては,ややもすれば,その原点を忘却し,脚許を見ることを忘れる時がある。ある時期,有機化学は炭素原子の化学であると言われた。今や,そういう歪小化された定義めいたものを振りかざす人もないであろうが,より広い視野とより自由な,そして独自の思考に基づく研究の展開が求められているのではなかろうか。そういう意味において有機化学を目指して最先端を進もうとする若い学徒は,化学はもちろんのこと,生物学,医学の分野への知識の習得と進歩にも大いに関心を持つべきであろう。一頃,インター・ディスシプリナリーという言葉が随所で語られた。最近は言葉だけではどうにもならぬ,とばかりに少々影をひそめたようであるが,代わってセレンデイピィティーと言う“兎と木の根っこ”みたいなことどもがいたる所で語られている。しかしながら,自らは手をこまねいていて,ただ,漫然と人の書いた論文を読んだり,人の研究の後追いをしているようなところに,セレンデイピィティーと言われるような事柄に遭遇することは絶対にないであろう。要は,生休系を含めた自然現象への深い洞察と,自らの信じる道への倦むことのない努力と情熱とが新しい学問や研究を展開していく原動力であることには,いつの世にあっても変わりないようである。


(平成5年11月11日受理)
ページ更新日
2012年4月23日