公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

次代を担う有機合成化学者への一言
膳 昭之助


 国内の学会にも,国際会議などにも年毎に我が国研究者の発表は活発で優れた研究も多い。特に若手研究者の活躍は頼もしい。筆者は今年3月現職を停年退任したので,若手研究者の方々に一言ご参考に供したい。

 Flemingは黄色ブドウ球菌を培養中,ペトリ皿上でたまたま飛び込んでいた青カビの周辺に溶菌帯を見つけた。この偶然の機会を逃さずペニシリンを発見したことはよく知られている。このような思いがけない発見に直結する創成能力はserendipityといわれる。ある研究が推進され,急進展する際にserendipityの重要性を少なからず感じるものである。

 この新しい用語の起源はどのようなことか調べてみた。これはイギリスの作家Horace Walpole(イギリスの最初の首相Walpoleの息子)による造語である。1754年1月28目付のHorace Mann宛の彼の書簡に“私はかつて「Serendipの3人の王子達」の題のお伽噺の中で彼らは自分達が探し求めていなかった事柄を偶然と賢明さで(by accident and sagacity)いつも発見していました,うんぬん”。Walpoleはこの書簡の中でaccidental sagacityをserendipityと呼び,言葉の創成を行ったのである。

 筆者は1958年頃、1-置換-2-ニトロアクリレート(I)の還元によるα-アミノ酸の合成開発に取り組んでいた。Iはニトロ酢酸エステルを用いて新たに製したが,その性質を調べる目的でアミド化を試みた。たまたまn-ブチルアミンを用いIと混ぜたところ強い発熱を伴い結晶性生成物を得ることができた。当時はTLCもなく,ようやくIRが実用化されだした時代であった。IRには強いアミド吸収が測定されたが,元素分析値はNが予期せぬ大きな値で単なるアミド体でないことがわかった。生成物の分解反応からIの2分子から一挙にイソオキサゾール環が形成されたことが明らかになった。エステル基は同時にアミド化されていた。ここに思いがけず新イソオキサゾール誘導体の一段階合成に関する一般法を得ることができた。次に,1988年頃,Iについて,例えばこのナフチル化合物と塩化チタン(Ⅳ)との反応を試みた。これは共役ニトロ酸素原子とエステル酸素原子に対して強い親和性が期待できる塩化チタン(Ⅳ)の反応性に興味をもったからである。すなわち,Ⅰに過剰量の塩化チタン(Ⅳ)をトルエン(0℃の反応故ベンゼンをはじめ用いなかった)中で反応させたところ新奇な構造をもったスピロイソオキサゾリン化合物が行られた。この場合,溶媒に用いたトルエン分子がFriedel-Crafts型反応によりナフチル環に置換されていた。この構造は13C NMR、1H NMRのNOE測定,およびX線結晶解析により決定した。ここに縮合多環炭化水素型Iから一段階でスピロ化合物を得る合成法を得た。さらにこれらのアナログに強いP388マウス白血病細胞に強い活性を有することを見いだした。上記研究はその後ともに大きく進捗できDr.誕生にもつながった。双方ともスケールこそ小さいがserendipityといえよう。

 次に,研究に対する心構え3P'sを加えたい。まず,自分の選ぶ研究テーマはpermanence(L. permanere)なものであるべきであり,流行を追わない不易性をもつもの。次は,principle(L.principium)なもの,表面的なものでなく枝葉末節でなく深層にある根本的なものが大切である。また,有機合成化学の研究は飽くまで実験優先であり,山道を登るのに似ている。急な岩道あり,渓谷あり,岩壁ありできわめて酷しいものがある。実験工夫に苦労を重ねなければ道は開かれない。Perseverance(L. persevere)苦しい困難を克服しなければならない

 有機合成化学は21世紀に向けて,夢のある独創的な,大きく飛躍する研究がますます創成されることを願ってやまない。


(平成6年6月6日受理)
ページ更新日
2012年4月23日