公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

植物とかかわって,そして今
藤田 泰宏


 バブル経済の破綻,円高そしてリストラ,合併,空洞化と環境変化はこのところ著しい。その都度,経営努力が問われている。21年前のオイルショックの時,石油離れを思考し,リニュアブル資源に着目し,石油化学からバイオに取り組んだことを今、思い出す。考えてみると,環境変化は人類の歴史のうえで常に起こっている。その度に,問題・ニーズを解決,そこに新しい事業チャンスを生みながら,人類は進化・発展していくものである。

 植物も一見,光,炭酸ガス,水と豊富な資源の中で,恵まれた生活をしているが,動物と違って勝手に移動することができないので,花に色や香りをもたせ子孫の繁栄を図っている。また病原菌の攻撃,天候の激変に揉まれながら,良い進化の歴史の中で自らを守り,発展させる知恵を築き上げてきた。だから,植物から多くのことを学ぶことができても,決して不思議ではない。

 19年前,ムラサキ草の根の成分であるシコニンを,口紅の色に使うため,ムラサキ草の葉から取ったムラサキ細胞を使って,タンクの中で大量生産したときのことである。細胞を早く増やせば,それだけシコニン生産性は上がるはずだと考えて,細胞に十分栄養を与え続けてみた。確かに増殖するが,肝心のシコニンが全くできない。なぜか。栄養豊富な環境ではシコニンをつくらなくても,細胞は生きていけるからか。そこで,この肥満細胞を栄養のほとんどない培地に移してみた。なんと,あわててシコニンを生産した。贅沢な環境では横着になる。人間社会と同じじゃないか。その時から私にとっては植物が身近なものとなり,人間そして人間集団との対比でバイオを考えるようになった。

 人間に頭のよい人,運動の得意な人がいるように,ムラサキ細胞にもシコニンをつくるエリート細胞と,成育の速いエリート細胞がいるに違いないと考えて,細胞融合してシコニン高生産性細胞をつくり出した。これを使って750L(家庭の浴槽の2倍)のタンクでシコニンを生産したが,その生産量は25000坪の畑でムラサキ草を栽培したと同じ計算になった。この結果から,畑でなければいけないものは畑で,タンクで作れるものはタンクでつくるべきではないかと,工業的農業の考えが生まれた。

 畑栽培で無ヴィルスの作物生産は難しいが,タンクの中なら容易である。タンクの中で,ユリの鱗片を切断した一片からは2個の球根ができる。これを球根ホルモンに浸したが,ホルモンは入らない。海の魚が塩辛くないように,必要以上のものは生物は取り込まないのだろう。そこで電気パルスで瞬間的に穴を開けて,ホルモンを挿入したら,一片から20個の球根ができた。植物は常に環境に適合して,必要以上のものは排除し,外からの病原菌の浸入にはファイトアレキシンをつくって防御,そして遺伝情報をもとに,寸分たがわぬ新しい細胞をつくって,古い細胞を置き換えて自らの個体を守っている。人間も生物である限り,本質的に保守的で,新しいものの挑戦には抵抗が大きいのは当然である。しかしバイオの仕事を通して考えてみると,石油化学は最も小さいユニットの高純度化したエチレンをベースに,ポリエチレンの大量生産,エチレン共重合スペシャリティーポリマー,高付加価値化成品へと展開を図っている。一方植物バイオは,エリート細胞一個を選び出し,これをベースに,クローン植物体の大量生産,細胞融合による新品種(スペシャリティー植物),植物の有用物質の生産を祈っている。このように実は,石油化学の技術体系と植物バイオの技術体系は全く同じなのである。人間の考えるものにそう変わりはない。だから新しいものへ躊躇せず,自分のもっているものをベースに挑戦していくことも大切なことである。

 さらに大事なことは,植物の次世代への対応の仕方である。極度の乾燥では,グルコースの還元末端同志で結合したトレハローズで水を保持し生きのびて時期を待っている。一方、どんな環境に遭遇しても,その幾つかは生き残れるように,タンポポは遺伝子を組み扱えて,多くの種子をつくり,多様化を図って対処している。

 植物とかかわって,そして今,植物と対比してものを考え,経営を担い,研究開発を適して,明日に向かって新たに挑戦している。学会の皆さんも,環境変化を乗り越えて,一層発展することを祈っている。


(平成6年11月7日受理)
ページ更新日
2012年4月24日