公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

二人の大御所の共同研究
大村 智


 1989年にフランスのオーソワで同国天然物化学研究所のG.Lukacs教授らが中心となって“抗生物質合成国際会議”が開かれた。これの成功の後を受けて,第2回を日本で行うことになり,当時東京大学薬学部の教授であられた大野雅二先生に会長をお願いし,1991年の5月に大磯プリンスホテルで開催された。この国際会議は来年ハンガリーで第5回を迎えることになる。私も第1回から組織委員として運営に加わっているが,私自身,この大磯の会議を契様に一つの重要な体験をすることができ,忘れることのできない国際会議となった。

 この会議で,私はいくつかの微生物由来の生理活性物質とともに神経芽細胞の神経突起誘導物質ラクタシスチンについて発表した。同会議には向山光昭教授,J.E.Baldwin教授,G.Lukacs教授等とともにハーバード大学のE.J.Corey教授も招かれていた。学会が終わり,2週間位経った頃,Corey教授から手紙が届いた。その手紙にはラクタシスチンの構造式が書いてあり,これからこれを合成するが,構造式はこれで良いか,確かめたいというものであった。急いで正しい構造式といくつかの化学的,生物学的性質を記して手紙を送った。その後もラクタシスチンの標品の送付要求に応えていると,間もなく全合成を完成させたとの知らせと投稿用の原稿が送られてきた。これは後にJ. Am. Chem. Soc., 114,10677(1992)に発表された。ところが,すぐにその後,同大学のSchreiber教授からラクタシスチンのサンプル分与依頼の手紙が届いたので,これを送ったところ,しばらくしてこの作用機序の研究の報告が寄せられた。彼の報告は,我々の示した生理活性を追試するとともに,これの結合タンパク質の究明に取り掛かった結果,本物質がウシの脳から分推した20SプロテアソームサブユニットⅩのN-末端のスレオニンに結合し,酵素反応を阻害することが明らかになったというものであった。これは今年のScience268,726(1995)に発表されている。この論文にはなんと共著者としてCorey教授も加わっていた。ラクタシスチンの全合成から,3H-ラベル体の合成,ウシの脳よりその結合タンパク質の分離、そして,そのタンパク賀が20SプロテアソームサブユニットⅩであると同定し,さらにはこのサブユニットのNH2-末端スレオニンにラクタシスチンが結合するが,そのスレオニンが酵素活性の中心的役割を持つことを究明するなど,両大御所が共同で一気に研究を進めてこられたことに驚かされた。この二人の大御所の共同研究は,ラクタシスチンが目下生化学や細胞生物学の最大の関心事の一つとなりつつあるプロテアソームの機能解明に有力な武器となることを見いだしたことになり,その意義は極めて大きい。

 これによって,数多くある天然物の中から,何を合成するかをいかにして見極めるか,そして有機合成を通じて,その後の研究をいかにして発展させ,有機合成化学の一分野を越えて,広く自然科学の分野へいかにして大きなインパクトを与える成果を挙げていくか,といった命題に関わる優れた例を身近に見ることができた。その端緒が1991年の大磯での国際会議であり,ここでまた,国際会議の意義を改めて認識することともなった。

 我々の研究室は新規な微生物代謝物質の発見に研究の重点を置いているが,このラクタシスチンを始めとして,エバーメクチンやスタウロスポリンのように,私共で発見した化合物が,有機合成化学を始めとする各分野の研究者によって用いられ,独創的な研究が繰り広げられるのを見るのは,実にうれしいことである。我が国にあっても,研究者が,それぞれの持ち味を生かして,もっと多くの共同研究を,時には国を越えて,広く進めることも必要であると思う。我々は今後もそのような研究に貢献できるような,新しく,特異で魅力的な微生物代謝産物の発見に一層努めたいと思う。


(平成7年9月22日受理)
ページ更新日
2012年4月20日