公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

発見の条件
根岸 英一


 十数年前になるが,ジルコニウム触媒を用いたアセチレンのカルボアルミネーションを発表して間もない頃,講演旅行中のコロンビア大学某物理有機化学教授から突然「How did you discover it ?」と聞かれてはたと考えたことがある。発見と呼んでくれたことはうれしかった。あるレベル以上の発見が限りなく続いてはじめて合成有機化学の将来に大いなる希望が持てるといえる。こう考えると新反応の発見は合成有機化学者の最大の使命の一つではないか。それに関する質問を受けて,信念に基づいた即答ができないとは・・・。といってもこの質問に対する一義的な答があれば誰でも毎年いや毎月のように何かを発見するであろうが,新反応の発見はそう簡単でもなさそうだ。

 多くの人が「全く予期しなかったことを見いだすのでなければ発見とはいえない」という。とすれば発見の条件はserendipityつまり運(l)ということになる。しかしコロンブスのアメリカ発見は西回りでインドに到達できるという新しく奇想天外ながらも正しい仮説(2)に基づいた夢と目標(3)があったと聞いている。仮説は実証されることを前提として奇想天外であればある社長い。目標は新しい程そして高い程良い。チーグラーのポリエチレン合成反応は全く予想外だったらしい。しかしその背後に運を呼ぶ新分野,新天地のsystematic exploration(4)という発見の最重要な手がかりと呼べるものがあった。それと同時に結果の解析とそれに基づく正しい価値判断(5)があったことも見逃せない。手前味噌で恐縮だが,上記のジルコニウム触媒反応に戻ると,シュワルツのヒドロジルコネーションに刺激を受けたことも事実だが,約20年前までジルコニウムが有機合成にほとんど使われなかった事実に気づき,「残された」フロンティアを系統的に探索してみようと思ったことに端を発している。これが少なくとも学界での発見の基礎といえそうである。自分のフロンティアを持たずに発見することは例外を除いてかなり借物,真似事の色彩が強いであろう。また高い目標と正しい発想があってもやってみるというアクション(6)がなければ発見につながらないのは当り前だが,理論,仮説,実験,解釈を必要に応じて繰り返すという行動力は誰にもあるものでもないらしい。しかし誰でも努力によってこれらを強化することはできるはずである。この際に豊富な知識(7)とそれにも増して豊富なアイデア(8)が要求されるのも当然である。私は学年やポストドクトラルがアイデアを持ってきた時に,ディスカッションと共に必ず「他にどういうアイデアを考えてるか」と開くことにしている。そしてアイデアを五つか十,望ましくは二、三十考えたところで最良案と思われるものをいくつか検討すれば何か良いものにぶつかる確率も高くなろう。新規なアイデアといってもかなりのものはアナログ思考に基づいているそうだ。これがなければ第一に新規かどうかも判らない場合が多い。アナログ思考自体悪いことでも何でもない。ただしアナロジーは遠ければ遠い程良いといえる。さらに一歩突込んで反アナログ思考とさえ呼べるものがあっても良いはずである。企業における発見,開発ではNeeds思考(9)というか,何が必要とされるかを考えることに出発点がある場合が多い。色々と書き並べたが書くことはやさしい。しかし実際はそうやさしくはない。最近,十数年来懸案であったオレフィンの不斉カルボアルミネーションがようやくうまくいくようになった。延べ数人が数回にわたって試みたが今回を除きいずれも失敗であった。上記9項目をたどってみると反省の余地は大きいがoptimism(10)を捨てずにオン・オフではあったが,試み続けてきたのが今回の成功の一因といえる。これを「こだわり」と呼ぶ人もいる。

 自分自身そうであったが、若い人が給料の高い分野に集中し化学から遠のいていると聞く。我々の時代は丁度反対であったことは幸運であった。それはそれとして発見,発明,開発という研究活動は何とアトラクティブ,エキサイティング,そしてリフレッシングな活動であろうか。研究費は必要だが他人より高い給料は必ずしも必要ではないと30代になり認識し,今もそう思っている。上記発見の条件の10項目中いくつかは神頼み的なものもあり,天性に由来するものもあるだろう。しかし大部分のものは意志と努力があれば誰にもできそうである。自分でもその努力を続けたいが,それ以上に若い方々に強くおすすめしたい。


(平成7年11月15日受理)
ページ更新日
2012年4月20日