公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

イノベーションへの道-ホモからの脱出
松本 和男


 土地転がし,カネ転がしの処理で世の中が混沌としている。こうなると地道なモノ作りの良さが見直される。というものの,どの分野においても類似品作りはもはやはやらなくなった。新規性に富んだ,真に多くの人々に役立つもののみが評価される時代になってきた。

 医薬品もまさにその時代になったし,画期的新薬の開発が製薬企業の生き残りの道とまで言われるようになった。加えて国際的に適用するものでなければ研究開発投資の回収も困難になっている。

 問題は新規性に富んだモノ,画期的なモノをどのように創り出していくかである。各社各様の方針,戦略,方法論があるが,各社の共通点は,“人材”ということでなかろうか。とりわけ,新薬の創製においては,分子設計から工業的製法の確立まで合成化学者の役割は大きい。

 図らずも,本稿執筆を勧められた頃は来年度の新入社員の採用面接(試験)時期であった。人材に絡めて,今回の面接時に感じた印象と約10年前に筆者が当社の合成化学の一部門の現場監督として体験したことを想い出しながら,世の移り変わりの一端を述べてみたい。

 約10年前,当時の研究所の主任研究員および部長の時期のことである。それまでは該合成化学部門のほとんどは薬学部出身者であり,他の学部出身者は極めて少数であった。少数派の筆者は当時の研究所のトップのヘテロ組織有用説をよしとして,工学部,理学部および農学部(農芸化学)出身者を意識的に増やしてもらった。その結果,その部門については,4学部の出身者はほぼ同数になった。要するに,薬学部出身一色に近いホモ組織からヘテロ集団になった。この時期を境に,少なくともイノベーティブもしくはそれに近い発想に基づく研究は増えてきたように感じた。

 筆者はしばらく研究所を離れていたが,昨年より合成部門を含む現研究所に籍を置くことになった。この度の新人社員採用面接はより現実的である。採用人数は極めて限られているが,就職難の時勢のため優秀な学生との面接の回数は例年以上に多かった。

 ここでは有機合成部門の3学部(薬学部,工学部,理学部)の学生諸氏との面接に限っての話しとする。当方からは大学での研究内容を少し聞いた後,なぜ,○○大学または,○学部を選んだのか,研究の目標,研究の新規性や興味ある点、入社後何をやってみたいか,と言うような質問をする。80%以上がほほ同じ内容の回答である。合成の内容に関しても学部や大学の東西を問わず,ほとんどが立体選択性,不斉合成,有機金属等の3~4つのキーワードで間に合うものであった。要するに,ヘテロ性(各学部の特徴)を感じなかったのが筆者の印象である。これは有機合成化学の成熟を意味するのか,または学部間のボーダレスを意味しているのかもしれない。

 このような現象は有機合成部門だけでなく,バイオの部門においても同じように見られた。関連して,最近CDP症候群(C:クローニング,D:DNAシークエンス,P:パブリケーションの頭文字)が,はびこっているとも言われている。

 先に述べたようにひと昔前は明らかに出身大学,学部によるそれぞれの特徴を感じた。したがって,各学部から万遍なく採用することが,すなわちヘテロ集団の形成となった。今回の面接の印象が間違いでなければ,どのような選び方をしてもヘテロ化ができないというような結論にもなる。ホモ,ヘテロ組織の是非論はともかくとして,革新性,独自牲を願う企業にとって,みんな同じ考えとは将来を虚しく感じる。この場を借りて学生会員の皆さんにお願いしたい。実験技術,知識もさることながら,それぞれの大学,学部および指導される先生方の特徴的なモノの考え方も学んでほしい。さらに,夢のある独自の考え方も培ってもらいたい。ヘテロ集団からイノベーティブな研究さらに画期的なモノの誕生ありとする筆者の考えは独断と偏見かもしれない。激変への対応を余儀なくされている企業研究に携わる 一員としての願い,と理解していただきたい。


(平成8年4月5日受理)
ページ更新日
2012年4月20日