公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

有機合成化学と大学改革
米田 徳彦


 総合大学工学部化学系学科を卒業し,爾来,工学部で有機系学科目の教鞭や有機化学分野の研究に携わり,毎年有為の学生を社会に送りだして30余年になるが,工学部化学系学科の教育・研究基本理念と理系他学部化学系学科のそれに対する差異を明確に意識して行動することがあまりないことに何となく負目を感じている。大学改革が叫ばれて久しいが,我が北海道大学工学部でも大学院大学へ向けて改革が行われ,小生も改革推進委員会委員として大変に忙しい思いをさせられた。そして,十数年の年月をかけて,ようやく本年4月より大学院工学研究科が部局化され改革が終了したが,何か空しさを覚えるのはどうしてであろうか。多分,改革成果である大学院大学が,明治時代に築かれた旧来の学部の枠組みから全く抜け出ていないためではないかと思われる。既存組織の統廃合を行い,新規な発想で新組織を構築することが改革の本来の姿かと思うのであるが,現在の国立総合大学では学部間の壁をいじることは余りにラジカルで,[理学],[工学],[農学],[薬学]を[化学]なる共通項でくくり,理系の既存学部の化学系学科を一堂にした[化学部]を創設すると言う提案は受け入れられ難いマイナーなものとされたのは残念に思う。

 教育の主体を学部から大学院に移した北海道大学大学院工学研究科は,土木・建築・電気・電子・機械・情報・原子・資源などを専門とする社会工学系,物理工学系,情報エレクトロニクス系の各工学専攻,そして化学を専門とする物質や分子化学などの化学系専攻から構成され,技術革新が著しい各分野での高度知識や判断力を身につけさせることを目標にした高度専門教育機関であると同時に,人類のゆとりある生活の実現を目指して[工学・Technology]を追及することを共通の指標とし,未知分野に向けて新しい夢の実現への努力を行う研究機関として発足した。しかし,化学系専攻と他工学専攻間に現存する異質性はいかんともし難く,これらの間に密度高い教育・研究交流をほとんど望めない。

 最近,本協会では通産省の要請を受けて,新技術,新産業へ向けての実用化プロジェクトテーマの積極的な提案を行うために,21世紀の「有機合成化学」の目指すべきあるいは展開すべき研究分野,有機合成化学分野で構築できる新規産業の可能性,2015年までに解決すべき課題,そして21世紀の有機合成化学の夢などを問うアンケート調査を協会理事の方々に対して行い,小生も依頼を受けた。本学の理系学部(理・工・農・薬)の教官や研究者の方々にもご意見を伺ってみたところ,以下に抜粋要約したような回答を得た。所属される学部の特色がにじみ出たものを期待したが,いわゆる工学的センスを備えていると自負する小生の頭に浮かぶものと大同小異であって,逆に言えば, 学部の境界を越えての有機合成化学の未来像を垣間見ることができるような気がした。すなわち,生命体に拘る重要物質(たとえば血小板など)合成・環境対応型工業有機合成反応・実用的生体反応モデル・超高機能性特殊有機材料,ウイルス性難疾患や痴呆などの老人病治療薬などの開発さらには生命神秘解決に結びつく有機合成化学的超高度新知識の蓄積・二酸化炭素など不活性炭素の効率的活性化手法の確立・紙細工のように思い通りに行える分子転換法や技術・コンピュータ有機合成や実用的自動有機合成反応装置の開発などの提案があった。これらはすべて人類の幸福(健康と豊かで潤いのある生活,そのための環境保護)を念頭にした有機合成化学屋ならではの発想であり,発想者の所属学部がどこであれ有機合成化学なる学問の目指す目標や目標に到達するまでの方法論において大きな違いが感じられない。従って,有機合成化学を専門研究分野の1つとする研究者の方々の教育理念や研究意識に理学,工学,薬学あるいは農学と言った区分けをすることには無理があるとするのは小生の浅学の故の暴論であろうか。

 しかし,改革を叫ぶのであれば,化学を基礎に置く広範な他分野知識人との融合のはかれる学問体系の構築を念頭に置いた有機合成化学科(専攻)なるものの設置を求め,それは[化学]を教育・研究の共通理念にした研究者達による教育・研究の効率的交流がはかれる化学系学科(専攻)で構成された[大学院化学研究科]なる部局においてであり,今や,我が国の基幹大学にもこのような部局の誕生があってもよい時期ではないだろうか。


(平成9年4月7日受理)
ページ更新日
2012年4月19日