公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

創造的研究を
山村 庄亮


 ここ四半世紀,我が国における科学技術は目覚ましい発展を遂げてきた。有機化学の諸分野においても例外ではない。経済の発展に伴い論文数も加速度的に増加し,Tetrahedon Letters等の国際誌はもとより,米国化学会のジャーナルにも日本からの論文が多数見られ,英国化学会の速報誌Chem.Commun.では日本からの掲載論文数が英国を越す勢いである。にも拘らず,ノーベル賞級の仕事がなかなか出ないと言われている。“創造的な研究を”と叫ばれてすでに久しい。21世紀は目前である。ノーベル賞を指標にして今一度振返って見るのも何かのヒントになるように思われる。

 1901年に最初のノーベル化学賞がvan’t Hoffに授与され,ついでE.Fischerが糖およびプリン合成に関する研究により1902年度ノーベル化学賞を受賞している。Fischerの投影図は現在でも教科書に記載され,後にその絶対配置がⅩ線結晶解析における異常散乱の結果と一致したことは驚きである。1912年には,Ⅴ. Grignardの名前が受賞者一覧表に記載されている。現在における有機金属化学の隆盛を見ると,ノーベル委員会の先見の明を感じる。また,区切りの良い1950年にはジエン合成で知られるO. DielsとK. Alderが受賞している。現在では,不斉Diels-Alder反応等が盛んに研究されている。20世紀後半では,有機合成に関連したものに限ると,Ⅴ. du Vigneaud; K.Ziegler, G. Natta; R. B. Woodward; D. H. R. Barton; E. O. Fisher, G. Wilkinson; H. C. Brown, G. Wittig; K. Fukui, R. Hoffmann; R. B. Merrifield; D. J. Cram, J.-M. Lehn, C. J. Petersen; E. J. Corey等が挙げられる。ノーベル賞がすべてではないが,後世に残るインパクトの大変大きいものばかりである。また,固相反応によるペプチド合成法の開発をしたMerrifieldやクラウンエ,テルのPetersenがノーベル賞の栄誉に燿いたことは我々を大変勇気づけてくれるとともに,長倉三郎先生の巻頭言“3つのS”,すなわち“Serendipity”,“Scientific Condition”,“Social Condition”について今一度かみ締めて考えてみる必要があろう(55巻,1月号)。ここ3年間では,1994年にG. A. Olahがカルボカチオンの化学で受賞している。クラシカルかノンクラシカルカチオンかと言った論争に終止符が打たれたのもはるか昔のような気がする。これに対し,1996年度のノーベル化学賞はフラーレンの発見に対しR. F. Curl, Jr., H. W. Kroto, R. E. Smalleyの3氏に与えられた。フラーレンが1985年に発見されて以来,フラーレン,ナノチューブ等に関する研究が1つのブームになった。我が国においても,“文部省科学研究費補助金重点領域研究”に取り上げられた。今日のような情報過多の時代に,プライオリティを明確にした点でも早期受賞は大変よかったと思う。話は前後するが,一昨年は,特にオゾン層に関する大気化学の研究によりP. Crutzen, M. Molina, F. S. Rowlandの3氏が受賞した。オゾン層の破壊は人類の生存にも係わり,環境問題とともに早急に解決しなくてはならない。有機反応および合成した化合物はいずれも地球にフレンドリーであることが一層要求される。

 最近,21世紀は“生命科学(人によっては生物学)”,“情報科学”,“宇宙科学”等の時代だとよく耳にする。新聞や雑誌のせいでもあるが,あながちそうとも言い切れない。様々な生命現象の解明,難治病,老化,食糧,環境,エネルギー等々難問が山積している。有機化学の果たすべき役割は大きい。

 さて,21世紀の有機合成化学のステイタスはどうであろうか。有機化学がこれからもさらに発展して行くことは当然であるが,新しいものを発見し,新しいものを創造することは21世紀においても変わることはない。このような立場に立って,有機合成の方法論とともに主体性を持って有機合成化学により何ができるのか考えてみることが肝要であろう。最近,短期間で億単位の研究費が出されるケースが多くなり,大学の研究者にとって大変有難いことではあるが,たとえば“出来そうにもないような研究”に1年間3千万円程度で10年間投資するような研究費があっても良いように思うが,どうであろうか。21世紀を担う20代,30代の有能な若手が存分に活躍できる環境を早急に整え,やがてノーベル賞級の研究が次々と生まれることを期待したい。


(平成9年2月5日受理)
ページ更新日
2012年4月19日