公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

生活文化と人事交流
秋葉 欣哉


 有機合成化学や化学一般の発展の要因やそれらの振興のための施策については,本誌の巻頭言などでも,論じられることが多い。今回は,これらのための基本的要素であるとともに,最近よく話題となる人事交流について個人的経験も踏まえて考えてみたい。

 研究や組織の活性化の最重要事は人事交流だろうと考えられる。このことに異論はない。大学については,米国では,大学,大学院,教官としての初経験地がそれぞれ異なるのが一般的であることは,よく知られている。ドイツでは,大学,大学院は同じことも多いし,ハビリタチオンを得るところも同じところのこともあるが,大学教官となるためには,場所を移らなければならないし,昇進するためには,また移らなければならない。しかし,米国ではテニャーをとれれば,ドイツでは助教授になれれば,移籍する義務はなくなる。教授になってから,業績の評価は行われるが,移籍する義務のある国はないようである。この立場になるころには,家庭の事情や社会的立場として一般に動きにくくなっているのが普通だからである。従って,教授に昇進する機会を含めて,数箇所の大学(研究機関)で経験を積みかつ実力を示す必要があると考えられる。これは文明国の常識である。

 我が国でもこのことはよく知られているが,実行されているとは言いがたい。そこで,大学教員の任期制についての答申が大学審議会から出され,社会的にも取りあげられる理由も理解できる。改革には,必ず痛みを伴うわけであるが,以下のことを全国的に検討し,実行することを提案したい。

1.学位を授与した大学は,学位取得者を直ちに教官(助手)としては採用しない。これが実現されれば,人事交流は自然に盛んになると思われる。
2.教授として移籍するときには,研究費を支給する。3千万円から1億円が適当と思われる。
この2項目は、国公立の大学で,全国的に実施できるはずのものであろう。(やむを得ない場合には,一定のグループの大学間で実施することから始めるのも一法である)
3.育英会の奨学金を貸与から給付に,せめて博士課程後期(博士課程)の全学生にはそうすべきである。25歳を過ぎた若者が返済金を背負って,あるいは親のすねかじりで勉学することは,先進国では極めて稀なのではないだろうか。

 ボスドク一万人計画で博士号取得後の流動性を増すと同時に異なる経験を積む機会を与えるのも,結構なことである。続いて上記の第3項を実現していただきたい。

 以上のことには,家庭のこと,生活の積み重ねによる地域社会との関連のことなどが,全く考慮されていない。

 我が国でも,そろそろこのことを十分に考慮した生活ができるようになるべきだろう。統合移転を終えた我が人学の立地条件をみると,このことを切実に感じる。働き盛りで,従って家庭的にも重要な時期にあると思われる方々に単身赴任が多くみられる。国により生活文化の違いがあるとはいえ,重要な問題であろう。

 ドイツでは,再統一や外国軍の撤退などに関する経済的負担が極めて重要な問題となっているが,現在までのところ,義務教育から大学院まで,教育は国家負担である。科学技術立国を標榜する我が国としては,大学審議会答申の「第3項:関連施策の推進」に努力することがまず第一に必要である。現在,種々な改革案が検討されているので,これらの提案が取り入れられることを望みたい。 注:大学審議会答申(文部広報,平成8年12月10日)「大学教員の任期制について-大学における教育研究の活性化のために-」の中の「第3項:関連施策の推進」

 任期制をはじめとする各大学における教員の流動性向上のための取り組みを支援するため,①教育研究環境の整備充実,②診教員採用に関する情報提供の充実等,③若手教員の発想を生かした教育研究の推進,④彰教員の処遇の改善,⑤産官学の交流の促進等に関する施策を推進する必要がある。


(平成9年4月18日受理)
ページ更新日
2012年4月19日