公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

個性あるファインビジネスへ
中村 明日丸


 近年合成化学の関心は新医・農薬などの機能化学品の開発に重点が移ったようである。このような中でファインビジネスの分野も世界市場での競争力を目指して,企業連合や事業提携によって規模の論理を進めようという動きと独自の技術を強化しながら個性ある事業展開を進めようという動きとが見られる。いずれにしても技術力の強化が重要になるが,規模の論理に基づくときはともすると効率の良い効果的な研究を目指そうとして研究管理やテーマ管理が基礎レベルの研究のモラルを損なうことがあるように思われる。研究成果の活用といった面からすると,大型誘導品技術の場合と違い,ファインケミカル,機能化学品の場合には必ずしも規模の論理によらなくてもビジネスチャンスがある。

 有機合成の分野での新技術の開発には何よりも新しい発見が必要である。当然ながら企業内の研究開発努力の中から得られた発見は貴重である。企業内の研究は必要に迫られてやっているので,その周辺から得られた知見は所期のものと違っていても企業がすでに持つ領域の周辺拡大につながる可能性が大きいからである。ファインケミカルズ企業はそれぞれ反応技術,製品系列などの差別化された領域を持っており,ファイン企業内の研究者は顧客のニーズ情報との接点にいて,双方に利益をもたらす製品の提供ができる機会をつくらなければならない。このようにファインビジネスは本来個性的な面を持っており,個性ある技術力が競争力の主要な源泉である。

 このビジネス領域は,反応技術だけでなく,生産設備と生産技術あるいはアウトソーシングを含めた生産基地,それらから得られる製品系列,それから原料や中間体が自らの製品系列から得られない場合安価・確実な調達のシステムなども重要な要素である。ファイン企業にとってこの領域拡大は時間と費用のかかるものであり,画期的な技術シーズの裏付けがあってこそ可能になるものであり,それが個性を形成することになる。

 その画期的な発見の機会を求めて,前述の企業内研究のほかに,新しい科学の成果にヒントを得て企業が応用研究の立場からシーズ探索をする,また学やその他の研究機関との共同研究,委託研究をするなどによってシーズ創出をねらう,新しい手法の導入やアウトソーシングを含め新しい解析技術の活用なども活発に行われることになる。

 国としての研究開発資源への分配が世界トップであるということからすると,その合成化学分野への配分を増やす努力と学のシーズをもとに産が応用研究をするという連携がもっとあってよいのではないか。そして学のシーズにも工業所有権の裏付けがないと企業は応用研究から開発研究へと進めることができない。一方で,学の成果が一企業のものになるのはおかしい,学の成果がある企業の開発努力次第と言うのもおかしい,とすれば企業に与える権利は条件付とする必要もある。さもないと折角の技術シーズが埋もれたままに終わってしまう可能性がある。

 合成化学のシーズの発見のはかにもう一つファインの企業にとって重要なことは,自らが機能開発に乗り出すことである。スペシャリティとは別の機能性化学品の場合には,物質特許によって顧客のものとは明確に区別されるので,直接バッティングすることなく,新医・農薬などの共同開発を進める場合が出てくる。ファイン企業にとっては,潜在顧客がすぐ側にいるということで合成化学面での成功の確率が高いことに加え,その合成化学を新薬の合成に利用するとともにその他の顧客に対するカスタム合成にも利用することができることになれば大変魅力的である。

 日本の化学産業は欧米に遅れをとっているが,合成化学の分野では技術開発次第で十分に競争できると考えられる。合成化学は21世紀の社会ニーズが要請する難問の解決に重要な手段を提供すると期待されながら,3Kの魅力無いビジネスという誤解を招いた反省も踏まえ,日本のこの分野の研究とビジネスの一層の発展のために産以外の立場の方のご理解をお願いしたいのと,この分野の企業研究者はこれからも個性あるファインビジネスを目指し大きな可能性に向けて邁進したいものである。


(平成9年11月4日受理)
ページ更新日
2012年4月19日