公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

有機合成化学と環境
小倉 治夫


 1997年12月,開催された温暖化防止京都会議で,代替フロンが京都議定書の規制対象となった。フロン類は各種の冷媒,発泡剤,洗浄剤,噴射剤などとして使用されたが,オゾン層破壊の元凶として禁止された。オゾン層を破壊しないと言われる代替フロンが開発されたが,地球温暖化促進効果は二酸化炭素の数百倍から一万二千倍もあることがわかってきた。

 地球の温暖化傾向は1980年頃から急激に上昇している。この原因は化石燃料に起因する二酸化炭素や腐敗に由来するメタンガス等,冷房などに使用されるフロンの使用量増加と密接な関係がある。近々50年間に,二酸化炭素の排出量は約3.75倍に,メタン量は約2.5倍になっている。

 京都会議では2000年以降の二酸化炭素排出量規制が取り決められ,「2000年までに1990年のレベルに戻す」ことになったが,世界的には中国や東南アジアの経済成長による化石燃料消費の増加が膨大になるものと予想され,我が国の6%という削減数値も容易にクリア出来るとは言えず,世界的な二酸化炭素総排出量削減は悲観的である。

 他方,環境ホルモン汚染は人類の生殖機能に関わる重大な問題を提起するものである。生物の内分泌を撹乱する化学物質,ダイオキシン,ポリ塩化ビフェニル,有機スズ,DDT,ビスフェノールAなど約70種が知られている。疑わしい物質が8万以上で,その多くが産業活動に由来するものである。OECDは1998年3月パリで専門家会議を行うが,その結果が待たれる。

 日本では,イボニシの有機スズ原因とみられるオス化や,界面活性剤ノニルフェノール原因とみられるコイの精巣縮小。海外では,ニジマス,カモメ,アザラシ,カエル,ワニなどの生殖異常が報告されている。関東近海の食用カレイではオス71匹中,30匹の血清から100 ng/mlを超える卵黄蛋白が検出された。また,ごみ焼却場に近接した牧場の牛乳からは0.2 pg/g、乳脂肪からは4.6 pg/gのダイオキシンが検出されている。日本では牛乳や乳脂肪のダイオキシン規制はまだないが,欧州の規制基準では破棄に近い価となっている。最近の報告では新利根町のごみ焼却場周辺の住民対象の血液検査の結果は最高,460 pg/g(脂肪),ついで200 pg,140 pg,最低で22 pgを示したとのことである。この高濃度汚染はもはや環境ホルモンの領域をはるかに超え,発癌の危険が大変大きい。

 有機合成化学は多くの医薬品や農薬,プラスチックなどの機能性物質を世に提供して,人数の繁栄に寄与してきたが,反面,重大な副作用や毒性に悩まされ,また,膨大な産業廃棄物を生んで地球環境を汚染してきたことも事実である。いま,人類生存のために,有機合成化学の原点に戻ってみる必要があろう。

 有機合成化学者が代替フロンの開発に熱中する時代は終わった。これからは減速ギアに切り替えた化学でかけがえのない地球をまもり,人類をはじめとする生物一般の生存を少しでも維持する方策を考えるべきであろう。「地球再生計画」が完全に実施されるためには格段の努力が必要である。

 ときを同じくしてO-157,クリプトスポリジウム,レジオネラなどの取り扱いに難渋する細菌や原虫に由来する感染症が,地球規模で発生するようになった。これも地球環境の汚染と無関係ではない。抗生物質の乱用に由来すると考えられる多くの耐性菌の出現は,新抗菌剤の必要を生み,新抗菌剤はまた新たな耐性菌を生むイタチごっこが原因と考えられる。最近の水利用の増大化と水資源確保のための無理がクリプトスポリジウム汚染を呼び,24時間風呂などの省力化や空調施設の拡張がレジオネラを呼ぶと考えられる。

 地球環境の問題には,有機合成化学がチャレンジすべきグローバルでボーダーレスな大きな課題が山積している。地球環境を損なわない物質の開発や設計,回収や再利別の研究など有機合成化学が担うべき分野が大変多く,しかもこれらの課題の研究は何百年というような超長期的なものである。

 いずれにしてもかけがえのない地球を子子孫孫に伝えるためにも,今日ほど有機合成化学に問われる問題が大きい時はない。有機合成化学の前途は多難であると同時に多くの見はてぬ夢を含んでいると言えよう。


(平成10年6月8日受理)
ページ更新日
2012年4月19日