公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

企業における有機合成化学-2つの役割について
今木 直


 企業の有機合成化学は,その研究の志向するところから大きく2つに分けられると思う。1つは製造しようとするものをいかに効率的に,安定にまた経済的につくるかを検討,見極めるいわゆるプロセス研究における有機合成である。もう1つは機能商品の開発研究における有機合成の関与である。これはものつくりの研究とも言われている分野である。

 この2つは研究のやり方,方法等において大きく異なっている。しかし現在,企業における有機合成研究では,この2つの役割があいまいであったり,また同じ人が同時にこれらをこなしている場合が多い。プロセス研究,ものつくり研究とも高度化,複雑化するに伴い,役割の分担化 専門化が進んで行くように思える。たとえば,最近,欧米では機能商品を開発する会社とその化学品または中間体を製造する会社との分業化が進んでいる(“CUSTOM CHEMICALS”,C&EN,Feb.3,1997)。カスタムケミカルズは特定顧客からの注文ケミカルズ(個人的にはあまり好きな言葉ではないが)とも訳され,従来の不特定多数を相手にした一般中間体ケミカルズとは明確に区別され,その市場は現在,急速に伸びていると言われている(C&EN,Jan.19,1998)。これは,これからの機能商品の開発に多大の研究投資が必要になるのと,製造においても目標化合物が複雑化し,そのためには特殊な技術を必要とし,さらには環境対応型の専門のプロセス技術が重要になってきているため,このような会社の分業化,専門化が起こっているのである。

 このような動きを見ると,企業の有機合成研究者もこの2つの役割に向かって専門化していくのではないかと思う。プロセス研究における有機合成研究者はより複雑な,合成困難な化合物をタイミングを合わせて,適正な価格でさらには環境を考慮したスケールアップに耐える新しいプロセスを有機合成の手法を駆使してつくり出すことが望まれる。ものつくりの研究では要求された機能,性能に合った商品(化合物)の創製のために有機合成上の知見を発揮することがさらに要求されるであろう。

 このような企業の有機合成化学(者)の分化、専門化については異論があると思うが,利点も考えられる。その1つは研究者にとって分かりやすいことである。最近,企業における研究効率がいろいろと議論されているが,その間題の1つに分かりにくさがある。有機合成屋が何でも屋として使われるのも,役割分担が明確でないことが1つの理由として挙げられる。もう1つの利点として,プロセス研究,ものつくり研究において,有機合成化学が主体性を持って取り組めることである。プロセス,ものつくり共1つの分野の研究だけでは成り立たなく,多くの分野の研究が複合して企業化が成功するのだが,昨今,有機合成の役割が表面的に低下しているといわれている。役割分担をもっと明確にすることにより有機合成技術がイニシアチブをとれるのではないか。さらに3つ目の理由はそこから新しい事業の創出への期待である。

 これらを支えているのは,言うまでもなく有機合成の基礎的部分を担っている大学,公的研究機関であり,そこでの進歩,発見が企業でのこれらの問題解決に大きく貢献してきた。ことに我が国の大学での有機合成化学の研究レベルは世界トップと言われているが,大学,企業の連携が必ずしもうまくいっていないのが現状だろう。上に述べたような企業での有機合成の役割が明確になれば,もっと分かりやすい形で連携はスムーズになるのではないかと思う。

 化学企業が今まで行ってきたほとんどの事業,古くは染料,農薬,医薬品から高分子,石油化学のようなマスケミカルズ,最近では情報電子,機能材料等々において有機合成化学が大きく寄与してきた。これは化学企業が化学反応というプロセスを使って,新しい機能を持つ化学物質を生産する産業である限り,ものを合成する基盤技術である有機合成がその基礎となっているのは当然なことである。

 ここでは,役割分担という視点でみてきたが,これからの化学企業の進展のため,有機合成化学,とりわけ産官学の連携において有機合成化学協会に大いに期待したい。なおこれらの愚考についての反論,ご意見を本誌のラウンジ欄に寄せていただければと願っている。


(平成10年2月10日受理)
ページ更新日
2012年4月19日