公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

歴史に学ぶ
熊田 誠


 自然科学における創造的な業績は天才の直感,綿密な計画と根気強い試行錯誤(実験),偶然の発見(セレンディピティ)など,そのいずれの結果であろうと,一人の優れた科学者が単独でそれを成し遂げたという例は極めて希で,大抵の場合,過去または同時代の人々との何らかの係わりから生まれ育ったものであることを歴史は教えてくれる。Emil Fischerは「自然科学を単に現象の観察,理論の構築といった冷徹な学問としてのみ把えるのではなく,その発展に身を捧げた人びとの個性や運命に深く係わる人間の努力の歴史としてみるべきだ」と言っているし,科学者でもあった文豪ゲーテは「科学の歴史は科学そのものであるである」と述べている。

 以下,2つの例を引いて化学の先達が歩んだ創造への道をたどってみたいと思う。

 アンモニア・ソーダ法による炭酸ナトリウムの工業生産に従事していたL. Mondは副産物の塩化アンモニウムからアンモニアを回収する実験を行っていた。それはNH4Clの蒸気(NH3とHClに解離)を金属酸化物で処理した後,遊離するアンモニアをまずCO2で置換し,次いで高温空気を反応器中に導入するという操作の繰り返しであった。その装置に必要なバルブとしてはニッケル製のものが最適であることが小規模実験によって確かめられたが,生産規校では短時間のうちにガス漏れが始まりバルブの表面は炭素で黒くなった外皮で覆われた。この違いは,小規模実験では純粋なCO2を使用したのに対し生産規模では数パーセントのCOを含む石灰焼きがまから出るガスを使用した点であった。このことに気付いたMondはC. Langerらの協力のもとに,ニッケルの細粉を燃焼管につめそれにギ酸と濃硫酸から発生させたCOを作用させてみた(40-100 ℃)。いろいろと興味深い経緯の末,Mondらは反応管から出る気体を凍結してみたところ針状結晶が析出するのを観察して初めてそれがニッケルテトラカルボニルであることを確認した(1890年6月,英国化学会において発表,同年その会誌に論文掲載)。ニッケルカルボニルは約200 ℃で金属ニッケルと一酸化炭素に分解することを利用してMondはニッケル精錬の工業化にも成功した。ニッケルカルボニルの発見はセレンディピティの典型例の1つだとよく言われるが,Mondの着眼の鋭さ,チャンスの的確な捉らえ方、そして周到な実験の結果であったことに学ぶべきであるまいか。

 次に引用する“Kaminsky触媒”の発見もセレンディピティによるものだが,触媒の実態を突き止めんとするW. Kaminskyの飽きることなき実験の成果である。

 1950年代の初期に発見されたフェロセンはやがて「メタロセン」と称される有機金属の一大分野の発展をもたらしたが,メタロセンがZiegler-Natta触媒の一成分として試されたことはあったものの1975年までそれに実用的な触媒としての可能件が潜在するという認識はなかった。この年Kaminskyはエチレン重合の反応機構を研究する目的のもとに均一系触媒としてチタノセン・トリメチルアルミニウムを選び,NMRで反応の進行を追跡することを試みた。Al3+は酸素に鋭敏なためNMRチューブには酸素の混入を絶対避けるべきなのに,実験を命じられた学生は労を惜しんでこの注意を守らなかった。ところがこの学生は注目すべき結果に遭遇した。そしてそれを,手抜き操作の正直な告白をも含めKaminskyに報告した。Kaminskyが非凡であったのは,学生の手抜きを咎めもせず,彼が見いだした「特殊な効果」を真面目に取り上げたことにある。オートクレーヴを用いた実験でその効果を確かめてもみた。そして最初この効果は少量の酸素によるものと考えたが,数カ月にわたる試行錯誤の末,チタノセン・トリメチルアルミニウム触媒に多量の水(Al:H2O=1:2)を添加すると反応速度は105-106倍にも増大するという従来の固定概念を打破する結果を得た。2年後にはチタノセンと別個に調製したメチルアルミノキサン(MAO)から成る高活性触媒を創製,さらに2年後には高活性ジルコノセン・MAO触媒への転換,84年にはキラルなジルコノセンによる高純度のアイソタクチック・ポリプロピレンの合成と彼の逞しい創造への歩みに学ぶべき点は多い。

 「化学の歴史を知らずは,創造性豊かな化学者に成長することはおぼつかない」と言う米国の化学者もいる。味わうべき忠言ではなかろうか。


(平成10年6月24日受理)
ページ更新日
2012年4月19日