公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

大学院重点化・教育体系・研究環境
北原 武


 本年2月まで2年間,本誌の編集に理事,および編集委員長として関わらせていただいた。その際,編集後記などでも書いたが,本協会が産官学にまたがる幅広い会員読者を持つことから,本誌の内容についてのご意見が多々あり,色々参考にさせていただいた。これらを総合すると,学術的なものだけに偏らず,実用的ないしは技術上優れた成果,あるいは有機化学分野にのみ限らず,有機合成化学を基盤とする物質科学,生命科学,情報科学,高分子(生体ならびに合成),エネルギー,環境等々関連した諸分野にも目を向けた内容の論文,総説,記事の掲載など,幅広い視野でバランスをとっていく必要があろうかと思う。これについては,引き続き現編集委員会で精力的に論議されており,さらに,フロッピー投稿によるオフセット型のいわゆる電子出版構想も具体化へ向けて検討されているので,近い将来本誌がまた新しい形で生まれ変わることが期待される。変革を求めれば,それなりのリスクはあろうが,後で修正も可能であろうし,会員読者諸氏の一部にあった本誌のスタイルが古色蒼然の感があるといった形態から脱する良いチャンスといえるので,編集委員会を中心に善処していただけたらと思う次第である。

 変革とリスクという点で少し気になっているのは,国立大学でのここ数年の大学院重点化による学制改革である。大学や学部によって少しずつ相違はあるかもしれないが,私の属する農学部での改組を例にあげて述べよう。学部は学科制を廃して,課程,専修制となり,例えば旧農芸化学科は生命化学専修と生命工学専修になった。大学院農芸化学専攻は応用生命化学専攻および応用生命工学専攻となり,教官はここに所属する。小講座制を廃止して大講座制とし,旧小講座に相当する新しい専攻分野を増設した結果,一研究案あたりの構成は,従来教授1,助教授1,助手2-3から,ほぼ教授1,助教授1,助手1となった。この体制の是非は後で論ずるとして,まずは,教育体制の変化について述べる。

 東大の場合,前半1年半の間教養学部での教育が独立してあるが,そこでは物理化学を中心とした基礎化学のみ必須で,従来必須であった無機化学や有機化学は選択性となり,我々の所へ進学する学生の有機化学の単位収得率は高々6割程度となっている。さらに後期専門分野に進学後も,重点化後は実験を除くすべてが選択である。さらに,農学や生命科学に関する概論的な講義(オムニバス型)が加わったため,これまた従来必須だった基礎有機化学,有機化学,天然物有機化学いずれも選択となり,これも履修率は前2者が7-8割,後者は3-4割程度である。場合によっては大学で有機化学に関わる講義を全くとらない学生も生ずる事態となった。まあ,自分の所に来るのはちゃんとやっているから関係ないと言ってしまえばそれまでだが,化学と生物のインターフェースで化学の目で生物を追究すると標榜している学問分野にいるのに,これでいいのかと心配になってくる。やはり,基礎科目は半強制的に勉強するのも大切ではないのだろうか。

 先に述べた研究体制の変革について言えば,スペースが足りないままに細切れにして,大弱りという環境劣化の問題がどのように解決できるかはさておき,将来的にポスドク制等の積極的な導入をはじめ,流動性を増すことが活性化の前提になるであろう。なぜなら蛸が足を食ったように小グループにして,従来のままの意識であったら,良い人材を得ない限り完全に停滞してしまうからである。現在,学術振興会の特別研究員制度(DC:博士課程在籍者,PD:博士修了者)が大分充実しつつあるし,ほかにも近年走り出したいくつかの大型ファンドでポスドク制度が運用されつつある。これとても,将来のはけ口をどうするのかという問題を抱えているが,流動性との関連で私が主張したいのは,学術振興会のDCはともかく,どの制度にせよPDについては卒業研究室での継続的研究は一切認めないとするべきだと言うことである。これだけでも,若手研究者の動きが良くなるのではないか。せっかく研究費あるいは,研究生括を送る費用を得たのだから,新しい天地で活用すべきであろう。これらの交流が,現在理,工,農,薬等に拡がっている有機化学,合成化学の諸分野が教育,研究体制の中で連携できるような再編に何時かつながるのかもしれない。

 Scrap and Buildという大胆な変革がなかなか困難な社会では,次善の策として改革の際に生ずる矛盾や難点をこまめに修正する必要がある。この重点化改革が将来に大きな禍根を残さず,引き金となって新しい発展の基礎となるべく,我々当事者が注意を払うべき大切な時期であるような気がしてならない。


(平成10年11月28日)
ページ更新日
2012年4月17日