公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

環境と化学技術
土屋 広


 永く続いた冷戦の終結に合わせるかのように,1992年リオデジャネイロにおいて,いわゆる地球環境サミットが開催され,持続可能な発展のための人類の行動計画として「アジェンダ21」が採択された。対立・拡大の時代から環境とのバランスをとった発展を目指す時代への転換の年であったといえよう。環境被害に対して事後対策より事前対策へ,公害対策より環境保全対策への転換である。

 この年を契機にして,環境保全に対する社会的関心も急速な高まりを見せてきたが,特にここ数年の環境問題に関する動きは大きい。1997年には京都会議において,地球温暖化の起因となる温室効果ガスの削減目標が設定され,先進諸国に対して,その目標を達成するには何らかのブレークスルーが必要となる厳しい課題が提示された。また地域的な環境問題としても,化学物質の環境への排出量を調査・把握し,これを登録・公表する制度(PRTR制度と呼ばれる)の法制化が世界各国で進められている。この制度も化学物質による健康被害,環境被害を未然に防止するために,化学物質の環境への排出削減努力を促進することを意図している。また最近では,環境中に微量に存在する化学物質が生物の内分泌系を撹乱して生殖異常を引き起こすという,いわゆるエンドクリン問題の提起もあり,急遽その科学的解明に向けて世界各国で活発な研究活動が進められている。

 このように,今後解決していかねばならない環境保全にかかわる課題は省資源,省エネルギーからはじまり,現在10万種類ともいわれている化学物質がそれぞれに持っている個別の特性にかかわる課題までと,極めて多岐にわたっている。

 昨今,「グリーン・ケミストリー」(サスティナブル・ケミストリーとも呼ばれている)なる言葉での活動が注目されている。この活動は1995年米国にて提唱されたもので「人や環境への害を防止するために,化学品製造の全サイクルで,原料,反応試薬,反応,溶媒,製品をより安全で環境に影響を与えないものへと変換を進めること。また収率や回収率を高め,選択性の高い触媒やプロセスの開発によって,廃棄物のより少ないシステムを化学的技術でもって構築する」と定義されている。現存する生産プロセスそのものを,新たに環境的視点から見直し,本質的に環境影響が少なく,かつコストエフェクティブな代替プロセスを創製して行くという積極的なコンセプトを持った活動である(日本でも産学官で活動の準備が進められている)。

 生産プロセスにおける従来の環境対策では,生産工程より発生する不要な化学物質を,環境中に放出させないための対策や発生する有害な化学物質を無害化するなどの処理技術が中心で,その解決も工学的技術に負うところが多かった。これに対してグリーン・ケミストリーでの環境対策は合成ルートの変換,各種触媒の活用,溶媒種の変更,反応条件の改良など,既知の化学技術の活用や新規な化学技術の開発により,環境面での欠点を持っている現行の生産プロセスを,より環境に優しいプロセスに変換する本質的な対策である。従来型の環境対策手法による効果は日本ではすでに限界に近づきつつあり,多様化し高度化する環境問題には通用できなくなることが予想され,このグリーン・ケミストリーのような取り組みが今後化学工業の最優先課題になってくるだろう。

 しかし,現在の,特に日本における生産プロセスは永年,省資源,省エネルギー的視点なりコスト削減的視点なり改良を積み重ねてきたものが多いだけに,これの代替プロセスの開発には高度でかつ斬新な化学技術と関係技術者の多くの知恵が必要である。

 これまで化学技術は化学産業のみならず,幅広い多くの産業を通じて,経済の発展成長に,ひいては豊かな社会の構築に多人の役割を果たしてきた。今後はこれに加えて,社会の持続的発展と我が国の国際競争力を維持・強化する面からの,環境問題の解決というバリヤーの高い役割が科学技術に期待される。バリアーが高いだけに,また課題が現存する生産プロセスの改良にかかわるテーマであるだけに,産学官が持つ知識・情報の共有と,達成目標を関係者が共有できる強い連携を作れることが前提となろう。欧米の化学関係者はすでに行動を開始している。


(平成11年1月20日受理)
ページ更新日
2012年4月17日