公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

新しい期待
向山 光昭


 一日, 一日止まることのない恒常的な流れの中に,2000年という一本の線が引かれ,いよいよ二十一世紀が目前に迫ってきた。毎日の生活も仕事の内容も全く変わらないのに,不思議なもので2000という数字を見ると改めて色々考えることになる。これがひとつの刺激になって,絶えず休みなく前進を続けている有機合成化学協会の仲間が新しい展開に向けての意欲をかき立たせることを期待している。

 我が国には天然物の全合成を基盤にその過程で見いだされたヒントを展開させたNEW REACTION CHEMISTRYの研究等々,古くから多くの著名な先達による有機合成化学の立派な仕事が残されている。この50年間には,反応機構の究明を足掛かりにNEW REACTION CHEMISTRYが全合成とともに急激な発展を遂げ,日本の有機合成化学もやっと質量ともに世界の一流のレベルまで躍進したと言うことができる。

 長い年月の間に築かれてきた有機合成化学の力は,今や求められる有用なものを作って社会に提供することを可能にし,物質科学の最も重要な役割を担っている。これは,その時その時に一歩一歩積み重ねた地道な努力の結果であるが,やはり節目節目には大きな飛躍(LEAP)があり,新しい考え方,概念が生まれ,大きな分野の開拓と発展に繋がっていることを忘れることはできない。

 “LEAP”-これはいつも心掛け,目標とするキーワードであり,これからの若い人達には柔軟な発想によってより高いレベルの仕事に向けて挑戦し飛躍して頂きたい。

 思いもよらない現象に遭遇したとき,驚きとともになぜという疑問をもってそれを解明しようとする柔軟な心が新しいたねの発見につながり,0から1を見つけ出す基礎研究が展開される。一方,ある目標を目指して研究を進めるときは,十分議論し,設計してから実験に取り掛かることになるが,フラスコの中では考えた通りの結果を得られないことがしばしば起こる。そこでへこたれずにまた新しい仮設を立てて挑戦し続ける辛抱強さと逞しさが1から10に導く標的に向けての研究を完成させる。逞しい研究姿勢は実践の場で鍛えれば必ず身についてくるものである。集中して仕事を続け新しい脱皮を遂げた歓びは,さらに一段と逞しくなった研究者魂に結び付き次の仕事の糧になる。

 有機合成化学に携わる研究者に具体的に求められるものを考えてみると,何といってもしなやかでみずみずしい“感性”である。素直に実験事実を受け止め,これと体験経験した活きた知恵を結び合わせる連想の糸をうまく繋ぐことによって,仕事上の仮説が生まれ,忍耐強く実験を繰り返しながら描いたゴールに向けて前進する。経験に裏付けられた活き活きとした感性が,日常的な考えを塗りかえて,新しいこと,新しいものを目指す推進力になる。その基本になる姿勢は「素直さと明るさと情熱」という言葉に表される。

 毎日毎日の努力がいつの間にか素晴しい歴史を残し,輝かしい明日に繋がっていく。個人のまたグループの化学者としてのこうした歴史,ひいては大学,企業の歴史の累積がいつも前向きな力を与えてくれる。“歴史があるから明日がある’’先人の足跡を辿り,よりよい道を拓くために精進し,後に続く仲間のためにも豊かな歴史を残したいものである。

 昨今は過剰な情報に取り囲まれ,とかく社会のニーズを優先させる合目的的な課題,あるいは流行に追随する問題に目がむけられがちである。確かにその場,その時は華やかであるが,浮き草のように流れ去る研究に捉われてはいけない。とくに若いうちは,まず合成化学者としての筋金を一本身につけることが大切である。ひとつのことを徹底的に深く究明し,しっかりとした一本の柱を持てば,これを拠り所にどんな問題を与えられてもいつでも枝を延ばし,葉を茂らせ,やがて立派な実を結んで世の中のニーズに応えることができるものである。若いうちに自分の力で明日も明後日も川の底に根付いている独自な仕事を仕上げることによって生まれる自信が,また迫り来る21世紀における我が国の有機合成化学の大きな発展の支えになる。

 大切な興味深い課題は無尽蔵に残されていることを忘れず文字通り世界のリーダーになる日を目指して日夜大いに努めて欲しいものである。


(1999年10月8日受理)
ページ更新日
2012年4月17日