公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

「ごまめ」の歯ぎしり;また独立行政法人化
稲津 孝彦


 大学内では,連日「独立行政法人化」の議論がなされている。どのような設置形態になるか分からないが,平成15年には国立大学も国の直轄から離れ,法人化されるようである。

 法人化されれば予算の使用や学内組織の編成に自由度が増すと言われているものの,研究室の予算自体がこれまでの実験・博士講座での配分が,文系なみの非実験・修士講座としての配分となる。科学研究費など自助努力でとは言われているが,毎年獲得できるという保証はない。とくに研究者の少ない領域での研究費の獲得はこれまでも難しかった。有機化学でも私の研究分野の構造有機化学の領域は,企業との産学連携をやりやすい領域ではなかった。

 かなり短期的な目標の設定を迫られ,効率,即効性,有用性を求められることになれば,「なぜだろう?」,「どうなるだろう?」と考える科学の分野では,先がある程度読めるターゲットを絞った研究以外の,どうなるか,どういう結果が出るか分からないようなテーマの設定は難しくなる。

 とくに文学部や理学部のようにこれまで即効性が求められてこなかったところに対して,今年度からスタートした第三者評価機関「大学評価・学位授与機構」がどのような教育・研究の評価を下すのかが気になるところである。大学内においても,また資源の傾斜配分に際して学部,学科でも評価ということが出てくるであろう。何を基準にするかこれも気になるところである。研究費に直接響いてくるので,少なくともこれまでのように「後世に評価を委ねる」,また「毀誉は他人の主張」などと言って超然としているわけには行かなくなってきた。

 潜在的な応用を期待される「戦略研究」のアンチテーゼとしてではあるが,「人々の知的生活を豊かにする文化としての自然科学」は大事にして欲しいと思う。多くの人が化学を楽しみ,自然の美しさを楽しむことができるようにするのも我々のつとめの1つであろうと考える。キュバン,サッカーボール化合物などの高い対称性を持った化合物,ブルバレンなどの揺動分子,フェノールフタレインを始めとする色の変化の美しさ,Robinsonのトロピノンの一段階合成など,美しいものはそれだけで存在する価値があると思う。美しさは目で見ての美しさだけではない。明晰な理論もやはり美しい。私もそうであったが,色の変化に魅せられて化学に足を踏み入れた人は多いのではなかろうか。

 数年前「子供の科学」という雑誌に,プラスチック燃料で世界で初めてロケットを造りペンシルロケットを開発された糸川英夫博士へのインタビューが掲載されていた。その中で「純国産 H-II ロケット打ち上げ成功」に関し,「H-II ロケットを開発した技術者はみな自分の弟子達で,打ち上げに成功したことに対してはよくやったねと褒めてあげたい。しかし,でもあれは「科学」ではありません。はっきり言えることは「科学」は哲学であり,「技術」は商売なんです」と述べておられた。科学技術庁というのがあり,ついつい一緒にされてしまいがちであるが,違いをはっきりと述べておられ大いに意を強くしたことがあった。

 わずかな救いはこの7月上旬に文部省から発表された「大学の質の向上を目指した新たな審議機関の創設」であろう。法人化により,大学が生き残りのために「産業界との連携の強化」,「学生の人気に配慮した運営を志向する傾向が強まる」ことが予想される。大学が短期的な利害にとらわれて方向性を見失い,「学生の人気がない」,「産学連携が進まない」などの理由で,基礎的研究など派手さはないが重要な分野の講座,学科,学部の廃止の動きをした場合に,大学に再考するよう勧告する役割も「新審議機関」に考えられているようである。学内で廃止,転換が議論される講座,学科,学部の駆け込み寺となるのであろうか。

 ごまめの歯ぎしりといわれるかもしれないが,差し当たっての機能,応用を考えていない基礎研究分野の科学者にも,棲息できる余地を残しておいて欲しいと願っている。


(2000年7月28日受理)
ページ更新日
2012年4月17日