公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

化学者と化学企業の次世代への責任
奥 彬


 合成化学や高分子化学の分野で有機資源の有限性を考えない人はいないだろう。買いかぶりかもしれないが,有機化学者が未来世代へ残せる遺産は学問的探究を通して培った生命へのこだわりと物質有限の認識であろう。ところが,石油資源に関わる身近なプラスチックリサイクル問題を眺めても,廃プラをゴミ扱いする発電・油化燃料・コークス代替物など,エネルギー回収政策のみが推進され,プラスチックの特性が繰り返し利用されていない。嘆くべきは本来合成化学を生業とした高分子産業が,自殺行為ともなる有機資源の無駄使いを容認していることだ。そこではプラスチックを創出した先達化学者が抱いていた人類貢献の理念が商業主義にとって代わられ,また次世代の有機資源枯渇の加速に巨額の国費が使われている現状が見られる。いますぐ長期的展望に立った資源消費総量規制型の産業政策を推進し,リサイクルを前提とした素材の統一ならびに商品開発への脱皮を促進しなければ大変なことになろう。

 有機化学産業の主原料である原油資源は年2%の消費量増加で38年しか続かないと計算されている。日本では年輸入量3億トンの9割がエネルギー,1割程度が化学原料でその大半は高分子材料である。年1500万tのプラスチック製造には素材と製造エネルギーに合計4000万t超の原油が使用され,製品は使用1回で炭酸ガスとなっている。ところがこの資源保護問題に対処すべき容器包装リサイクル政策では産業保護が優先し,知とエネルギーが注入された高付加価値の廃プラが燃料扱いされている。

 原油は地球が再生産できない有限の有機資源だが,プラスチックの繰り返し使用は「人知で石油資源を再生する」ことになる。しかし現状は次世代がプラスチックや化学原料を原油から確保できないことを語っている。このように次世代への責任が問われているにも拘わらず,現在の政策規範はこの大命題よりも低位置の経済性,すなわち金銭的価値基準だけである。いまから資源・環境の「有限性」を組み入れた経済規準を導入して石油の寿命を延ばすことが実行できれば,次世代社会が私達から継承できる利益には計り知れないものがあるだろうに。

 私は,有機合成の研究者も含めていま取り組むべき最重要課題が2つあると思う。その(1)は,産業界や学会が新素材開発ばかりに没頭して顧みない廃プラのリサイクル,特にモノマー解重合システムに取り組むことである。この技術の未確立が廃プラをエネルギー回収やコークス代替物に使う口実になっている。廃プラには素材用以上の原油が製造エネルギー用に使われており燃料にするとこの分が無駄になる。だから解重合容易な重縮合系高分子は勿論のこと主役ポリオレフィンの解重合研究にもっと力を注ぐべきだ。そこでは炭素結合形成しか視野になかった合成化学・触媒化学者が,視点を転換して炭素結合の選択的切断に取り組むことになる。そもそもモノマーは原油から作られるのだから,炭素水素の廃プラからの製造は今日の化学技術者の力で解決できるはずだ。

 その(2)は,素材と製品作りに大改革が必要なことである。素材産業は素材統一単純化に取り組み,例えばPPだけで重合度,結晶化度等の物性が多彩に制御された素材を製造し,製品開発者は製造者責任回収を前提としたリサイクル適合の製品作りを担当する,加えて各企業はリサイクルされたモノマーとプラスチック素材の再使用に責任を持つ。これは20世紀の有機化学の偉業を21世紀へ継承するために避けて通れない道であり,この目標に向かって産業社会は,「石油総消費量の枠組み規制」と未来調和型「生産・消費・資源再生」システム作りという化学技術「百年の計」の実現に,真剣に力を傾注してほしい。

 ところで,多様はリサイクルシステムがネットワークとなって動き始めれば,資源消費量と廃棄物量が減少した持続型社会が実現するのであろうか。しかし現実には「環境に優しい」「グリーン」など不明瞭な言葉に加えて廃プラが「化学リサイクル」の名のもとに高炉に送られ,また,回収再利用しなくて済む「生物分解性プラ」開発の流れも起こっている。この低きに流れる社会現象はリサイクル社会が理想通りにならないとの警鐘を鳴らしている。リサイクルがなぜ必要なのかその目標を真剣に考えて,産業・個人・研究者がエゴを抑制して取り組まねばなるまい。資源浪費の加担者だった科学技術が呪縛から解放されて未来型パラダイムの樹立に参画できるのか,今問われている。


(1999年11月12日受理)
ページ更新日
2012年4月17日