公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

微生物生産物の魅力
八木澤 守正


 微生物生産物は天然有機化合物の宝庫と呼ばれるが,新しい生物活性を有する微生物生産物を知るたびに,「なぜ,こんな物質を創るのだろう」と,驚きにも似た興味を感じている。微生物は,僅かな天然資源を資化して生命活動を維持しており,その生産物が無駄なものであるはずはないと信じているので,新しい微生物生産物の本来の意義を推測したくなるのである。

 人類は,自らの生活を健康で快適なものとするために,自然現象を人類中心に応用してきている。微生物生産物を医薬品や工業生産の材料として利用するが,それらの物質は,人類が人為的に設定した探索系でヒットしただけであり,微生物とすれば全く異なる理由により,結果的に生産しているのに過ぎないのであろう。そして,その生物活性が,一度,人類に知られるならば,短時日のうちに,人類に有益な化合物が,化学合成の手法を経て続々と創製されることになるのである。

 微生物生産物の本来の意義を解明する幾つかの試みがなされてきたが,いずれも推論の域を脱することができていない。例えば,「抗生物質は微生物の生存競争における武器である」という仮説は,抗生物質を生産しない微生物も天然に生存しうるという事実により覆されることになるし,「微生物の排泄物である」という仮説には,排泄のために複雑な酵素系を経てエネルギーを費やすような無駄はないという反論がある。「間違いによるもの」という仮説によれば,微生物の生命維持に関する酵素系に何らかの間違いが生じて,本来の必須物質の代わりに,人類に有用な物質を生産していることになる。

 微生物生産物の多様性を,成育環境の変化に対する順応の結果であると考えることもできる。抗細菌性の抗生物質をみても,複素環に糖鎖が結合したような複雑な構造を有する物質が多いし,予想外のハロゲン置換が起きている物質も散見される。探索研究において収集できる微生物は,地表からせいぜい30センチ程の地中に生息しているものに限られるので,炭酸ガス分圧の僅かな変化に対応して,自身の酵素系を微妙に変化させて生命を維持しているのかもしれない。ハロゲンが生命維持に毒物であるならば,その解毒系を構築しえた微生物のみが生存するとも考えられる。その背景として,地球の温暖化,石油系資源の大量消費,ハロゲン化合物の多用などの,人類が関与する要因を考えるのは短絡的であろうか。生活環境の変化への順応による産物であるのか,それとも,間違いによる産物であるのか,微生物生産物には他愛もない想像力を駆り立ててくれる魅力がある。

 微生物生産物の偏りも魅力のある現象である。例えば,微生物が普遍的に生産するマクロライド系化合物を眺めてみると,通常のマクロライド系抗生物質は,12員環から16員環の化合物に限られており,糖鎖のない環状構造のみの14員環も抗細菌活性を有している。ところが,18員環から48員環のマクロライド系化合物は抗ウイルス活性,抗真菌活性,抗原虫活性,抗腫瘍活性など多様な生物活性を有しており,マクロライド系抗生物質の概念を超えている。一方,16員環のマクロライド環に付加的な環状構造が加わったアべルメクテンやミルベマイシンは,極めて強い抗原虫・駆虫活性を有しながら,全く抗細菌活性を示さないのである。そして,現在までに実用化されてきたマクロライド系物質は,ポリエンマクロライド系抗真菌抗生物質や免疫抑制剤であるタクロリムスを含めて,すべてが放線菌の生産物であって,カビ(真菌)が生産するマクロライド系物質は多数知られていながらも,実用化された物質はないのである。

 一方,汎用されているコレステロール生合成阻害剤のプラバスタチンとシンバスタチンは真菌の生産物を修飾したものである。いずれも,ナフタレン母核に1-オキソブトキシ基がエステル結合した構造を有しており,不飽和結合の位置と置換基の立体配位が,コレステロール生合成中間体として誤認識されるのに必須であることが知られている。そして興味深いことに,その後発見された阻害剤も,ほとんどが真菌の生産物であり,この領域では放線菌の影は薄いのである。

 構造を眺め,生産の意義を探り,生物反応の偏りを考えるとき,微生物生産物に尽きない魅力を感じるのは,筆者1人ではないであろう。


(2000年3月14日受理)
ページ更新日
2012年4月17日