公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

10年ぶりに学生の就職指導を担当して
宮野 壮太郎


 本年4月から10年ぶりに学科長として学生の就職指導を担当をすることとなった。この10年間の社会情勢は,バブルの絶頂期から,厳しいリストラを経てIT革命へと激動している。私達にとっても,平成9年4月には大学院重点化整備により,工学部から工学研究科への配置換え,教養部の廃止など,戦後の大学教育制度の根幹を変える大きな変革があった。

 学生の就職を巡る状況は,まさに隔世の感と言ってもよい。私の所属する化学・バイオ系ではこれまで,特定企業に集中しないようにガイダンスにより志望調整をして,学科推薦という形で学生を企業に紹介してきた。

 平成2年次には,息子一人に嫁七人(あるいは,娘一人に婿七人と言うべきか)の完全な売手市場であり,OBの「我が社に卒業生を最低一人はぜひ」,という強面の来訪もしばしばであった。ましてや,学科推薦された学生が就職試験で不合格,ということは稀であった(割合から言えば,5%以下であったろう)。

 経済情勢は回復基調といわれながらも,今年のこれまでの就職状況は相当厳しい。もはや,学科推薦は「葵のご紋の印篭」ではないようだ。企業側担当者からはしばしば,「優秀な学生さんを推薦いただき,有難うございました。誠に残念ながら,今回は見送らせていただきます」とのご返事をいただく。

 私が直接電話を受けたときは失礼ながら,必ず理由をお伺いすることにしている。自分の研究の細かな内容の説明にこだわり,目的あるいは研究のよって立つ基盤,期待される社会的意義,企業でそれらをどのように生かせるか,といった広い視野,意気込みが今一つ,というご返事をいただくことが多い。いわばプロとなる気概が足りないということだろうか。耳の痛いところである。私自身,相談に来る学生と話していて,真面目ではあるが10年前と較べて学生から受ける活気,あるいは若々しさが減ったのではないかと感じている。

 これにつけて思い出すのは,今年の正月のTV番組に,NHKから放映された大相撲の50年をふりかえる番組である。ご覧になった方も多いことと思う。往年の大横綱,名力士諸氏の言葉は,いずれもさすがと胸をうたれるものがあった。あえてその中の一人を挙げれば,北の湖親方の話は大略,「自分の最盛期には,自分が負けると拍手がおこる程,強かった。12歳で相撲部屋に入り,以後は相撲一筋,人の何倍も稽古した。強かったのはこれに尽きる。自分は引退するまで土俵の外の世界は全く知らなかったが,社会に出ても土俵上で学んだことがそのまま通じた」,というような内容であったと思う。一芸を極めるとはこういうことかと納得した。学生諸君にもぜひ心してほしいと感じた次第である。

 私達のこれまでの学科推薦制では,志望調整というプロセスが介在する以上,学生にとっては(あるいは企業にとっても),最愛の「意中の人」でない懸念はあるものの,「結婚相手」を比較的労力少なく決められるメリットは大きかった。  数年前に就職協定もなくなり(それまでも有名無実ではあったが),通年採用,中途採用も一般化してきた。また,学生達も種々のメディアから溢れ出る企業の求人情報を教官よりも豊富に持っている。

 今年,就職指導を担当してみて,自由応募で就職活動している学生の多いことに驚かされた。

 理由はいろいろ考えられる。「葵のご紋」の権威低下のせいもあるかもしれない。しかし,最も大きいのは企業の求人活動と学科推薦の時期的なズレと思われる。業種によっては,すでに前々年度の秋口には会社説明会やセミナーが開始され,修士1年の年明け早々には実際上,求人が終っている状況に,情報過多の学生が焦ってインターネットエントリーに走ることを非難することはできない。すでに推薦制度を廃止している大学もあると聞く。

 しかし,修士論文の行方も定かではない時期から,いくつもの内定を求めて研究そっちのけで会社訪問に走り回ることが,はたして学生にとっても企業にとっても有益だろうか?大学も,企業も改めて真剣に考えるべき課題のようである。


(2000年5月31日受理)
ページ更新日
2012年4月17日