公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

理研のポスドク制度など
小川 智也


 巻頭言を書くようにとのご依頼を,例によって断りきれずに受けてしまってから,本号は“今,若手研究者は何を目指しているか”という方向の主題による特集号と聞いて,還暦を2年も前に通過した小生はますます書きづらくなりました。若い人たちへの道標等書ける理由もありませんので,やむを得ず小生が理研で直面していることなど書き連ねてみることをお許しください。

 理研には約2000人の研究者が在籍しています。約1割の220人が,基礎特別研究員制度による3年契約のポスドクです。毎年数回外部の先生を約5割含む審査推進会議を開催して運営しております。毎年70人採用するのですが,5倍程度の競争率で大変レベルの高い20代後半から30代前半の若い研究者が理研に参加して,理研の活性化に重要な役割を果たしています。また過去の実績を見ますと,3年終了後の移動先も大学の助教授や講師また理研の研究員など順調なキャリアアップが見られました。この制度は第1期科学技術基本計画,総額17兆円の一端である,ポスドク1万人計画に今では組み込まれていますが,すでにそれ以前にスタートしていたポスドク制度の成功例としてしばしば例示されてきたものです。しかし最近の傾向を見ると,他のポスドク制度からのリピーターが増えています。2回程度なら良いのでしょうが,3回以上繰り返すのは問題があるとの指摘もされています。解決のためにはポスドクの受け皿としてアカデミックポジションの増加や,民間への流動性の増加が望まれます。ポスドク1万人計画が実現した今,このプールへの流入と流出の平衡が重要です。もし出口が不調であれば,当然入り口への応募も減り,1万人を維持するのは困難になります。科学技術基本計画による科学技術の振興は新産業や新しい研究領域の創出を目指しており,その結果学会や産業界に雇用が新たに創出されるはずですが,ポスドク制度にまでフィードバックされるのには時間も必要でしょう。しかし,これまでの大学院部局化と大学院定員の大幅増加を考えると後戻りはできません。大学や研究所のアカデミックポジションの画転率や動態など全国の定量的なデータがあれば,不必要な不安感から開放されるかもしれません。また国際的な流動性も十分に支援すべきでしょう。第2期科学技術基本計画も始まりますが,ご存知のように5年間で総額24兆円の投資が予定されています。大学や公的研究所の老朽化施設の更新が中心と聞きますが,研究者は公正な競争的研究環境や異分野間の協力研究の場を自ら作り,また研究成果を社会に発信し説明することが要求されるでしょう。

 さて理研では,伝統的に素粒子から生物まで種々の分野が同居して研究をしています。従来,素粒子や原子核の研究には大型加速器などの大型施設が不可欠で,いわゆるビッグサイエンスと呼ばれ,生物や生命科学などは個々の研究者が個性的に研究を追求するスモールサイエンスとされてきました。理研では両者の同居がユニークな共同研究の立ち上げに効果的でしたが,今後はこのような異分野間の協力を柔軟かつ積極的に推進する研究者がますます活躍するでしょう。最近のゲノム配列の解読競争に始まり,いわゆるポストゲノム時代に入り,プロテオームに代表されるように,生命科学の領域にも網羅的研究に由来する研究費の大型化と放射光施設や多数のNMR装置を収納する大型施設が不可欠となり,予算と施設の両面でビッグサイエンスとなってきました。今後,この傾向はプロテオーム研究を出発点として次々に飛び火して新領域の創生につながり,産学の生命科学領域の研究者に新しい可能性を提供することでしょう。

 ポストゲノム時代のバイオサイエンス,ナノサイエンスとテクノロジー,ITや環境科学など今世紀初頭に期待される科学技術の領域はいずれも合成化学の貢献がなければ進展しない領域です。若い合成化学の研究者がそのフロンティアで活躍されることは常に喜ばしいことですが,未開の異分野にも勇気を持ってどんどん参入しエネルギッシュに新しい領域の開拓に挑戦されることを心から期待しています。

(2001年1月30日受理)
ページ更新日
2012年4月17日