公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

若き有機合成化学者に望む
飯沼 勝春


 私が有機合成化学協会に関わりはじめたのは,確か,今からかれこれ7-8年前であると記憶している。当時,会社の上司から,有機合成化学協会誌の編集委員をやれと命じられ,しぶしぶ引き受けたのがきっかけで本部の理事をはじめ事業委員も含めて5年間協会の仕事に携わり多くの貴重な経験をさせていただいた。今回,はからずも関東支部長という大役を仰せつかり,その責任の重さを痛感している。

 私は,入社以来33年間新薬の開発,特に医薬の工業的製造法の開発(プロセス開発)の仕事に携わってきた。現在は,薬品総合研究所で新薬開発の仕事に携わっているが,常日頃,将来を担う若き研究者,特に有機合成化学者に望んでいることを述べてみたい。

 医薬品開発に限らず,あらゆる分野において有機合成化学の果たす役割はますます重要になって来ていることは,皆さんもご承知のとおりである。医薬品の開発について考えてみると,有機合成化学はあらゆる場面で,非常に重要な役割を果たすことは,誰しもが認めるところである。しかし,創薬の初期段階,すなわち,新規テーマ立ち上げの段階では,有機合成化学の力だけではテーマを立ち上げることは不可能である。どのような疾患をターゲットにし,かつ,既存薬と比較して,どのような特長をもったものにするか等,生化学者とのコラボレーション(協働)が必須である。このようなことから,私は,これからの若い有機合成化学者は,自分だけの殻に閉じこもらず,生化学や分子生物学の基礎知識ぐらいは修得して視野を学際的に広げてもらいたいと考えている。自然の営み,とりわけ生命の営みは,すべて化学反応の結果であるといっても過言ではないし,また,そう考えれば,生化学もなじみ易いものになるはずである。

 21世紀は,ゲノム創薬の時代であり,米国セレーラ社等により人間の全遺伝情報が解読されサイエンスとネイチャーの2月号にその遺伝情報が掲載された。このゲノム情報をもとにしたポストゲノム研究により,さまざまな病気の発症に関わる蛋白質も明らかにされ始めた。この疾病に関わる蛋白質の構造を標的として,それに作用する薬物を理論的に設計することができ,いわゆるゲノム創薬から画期的な新薬の開発が可能となる。ゲノム創薬研究では,すでに熾烈な戦いが始まっており,有機化学者も主導的役割を果たさなければならない。そのためにも若い有機化学者も,学際的に視野を広げておく必要があると考えている。

 今世紀は環境の時代ともいわれ,我々は子孫のためにきれいな地球を残さなければならない。このためには環境への負荷を出来るだけ少なくする合成法の開発がますます重要になってくる。企業は勿論であるが,大学においても,環境に配慮した研究が活発に行われることを希望する。ここで私が提案したいのは,微生物等により生産される酵素の力を最大限に利用して,有機合成化学と微生物応用技術とのハイブリッド技術の構築を積極的に取り組むことである。すなわち,グリーンケミストリーへの取り組みである。最近では,コンビナトリアルケミストリーが普及して,短時間で多くの化合物を合成できる。しかし,複雑な構造を持つ天然物を短時間で作り上げることに関しては,まだ,有機合成化学は微生物にはかなわない。こんなことを言うと大学の先生方からお叱りを受けるかもしれないが,私は,微生物の持つ,この能力こそが,典型的なコンビナトリアルケミストリーであると思っている。微生物が生産する多種多様の複雑な物質をリード化合物として,化学修飾によりいろいろな特性を持つ有用な物質に変換することができる。

 いずれにしても,若い有機合成化学者が何事にも情熱を持ち,また,果敢に挑戦して大きな成果を挙げ,ぜひ,ウインブルドンのセンターコートに立ってもらいたいものである。日本の有機合成化学は,世界でも高く評価されているが,さらなる発展を切に望んでいる。我々企業としても,積極的に産学連携を推進して日本の有機合成化学発展のために協力して行きたい。



(2001年4月16日受理)
ページ更新日
2012年4月17日