公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

世紀替わりのパラダイム・シフト-有機合成の出番-
迫田 良三


 20世紀からプラス・マイナス様々な遺産を引き継ぎ,21世紀がスタートした。この100年間,19世紀から受け継いだ基礎科学の実用化とこの間に発明された科学技術により,人類の生産力は300倍,エネルギー消費量は7倍に上昇した。人口増加はおおよそ4倍,現在では豊かな8億人と貧しい54億人が地球上で生活を営んでいると推算されている。先進国の人々の生活は豊かになったが,近年になり,自然との調和を保つためには人間の営みを抑えなければならないという考え方が浸透してきた。資源環境の限界はもはや一国レベルの問題ではなく国際的な重要課題となってきており,拡大再生産によって成長してきた化学産業は新たな対応が求められている。持続可能な社会システムの構築を図りつつ,成長を目指すという従来の延長線上にない技術開発コンセプトが必須となってきた。即ち,大型化・大量化のための技術から多様化・省資源化のための技術への変換である。

 価値観・環境の変化に対応して欧米化学企業の行動は相変わらず素早い。知識集約型事業と汎用化学品事業の分離・集約を図り,成熟期においても収益を挙げられる体質にするために大胆な事業再編成に取り組みだした。事業統合は莫大な研究開発投資が要求されるバイオサイエンス事業にとってはグローバルな大競争に勝ち残るための最優先の戦略でもある。一例を挙げれば欧州における代表的な総合化学会社であるへきすと社の名前が消滅する(スペシャリティケミカルスはクラリアント,プラスチックス・化学事業はセラニーズ,ライフサイエンスはローヌ・プーランと合併してアベンティスとなる)ほど激しいものであり,国境を越えた,ダイナミックな合従連衡にはただ呆然とするばかりである。

 我が国の情勢はどうか。最近報道された2,3の大手の合併計画を除くと「経営資源の集中」「特徴ある技術と製品」「ファイン化・スペシャリティ化」等がキイワードとなっているように見受けられる。

 私共の会社は十数年前,ピーク時の売り上げが500億円あった石油化学事業(高級アルコール,ポリエチレン,塩ビの三事業)から全面撤退した。農薬事業を核にしたファイン化路線のもとに,中核の農薬,当社にとっては新分野であった医薬品,電子材料,精密有機化学品等に焦点が絞られた。医薬品,電子材料はほぼ白紙の状態から出発,まさに社内ベンチャー的事業開発であったが,運良くそれぞれの分野で独自製品を世に送ることできた。事業変換を可能にした要因として,社全体の危機意識・担当者の情熱等に加えて,農薬で培われた有機合成技術の波及効果が多大であったことが見逃せない。結果として規模に見合ったスペシャリティ化を先に進めた格好になった。しかし,世界の化学企業が同じ技術で同じ方向を向いており,新たな試練の始まりである。

 一昔前の新農薬創出の確率は2-3万化合物に1つというのが定説,現在では10-30万化合物に1つと言われている。バイオ,情報科学の技術革新は加速度的に進んでおり,分野を問わず研究開発のハードルは年々高くなっている。欧米の経常効率至上主義・物量作戦も大きな衝撃(脅威)であるが,農耕民族的文化であり,社会構造も異なる我が国が欧米と同じスタイルを採れるものであろうか。変革すべきものと同時に変えてはいけないものもあるのではないかと感じているこの頃である。

 21世紀は環境,情報,バイオサイエンスの時代といわれている。優れた省資源プロセス・環境保全技術,高性能の電子材料,高機能材料,有用なバイオ関連物質等の創出なくしては今世紀は語れないということであり,これらは化学者の英知により達成されるものである。化学技術が大きな役割を果たす21世紀はまさに化学の時代ともいえよう。有機合成はいろいろな分野にインターフェイスをもっており,無限の可能性を秘めている。

 私はここ数年来,事業委員,理事として有機合成協会の仕事を手伝っているが,日本の有機合成のレベルは学としては国際的にもトップレベルにあるということを良く聴かされている。産は独創に飢えている。産と学の血の通った融合が恒常化してくれば,国際舞台においても存在感ある独自性豊かな日本企業が活躍する時代が来るのではないか,次世代の志ある人達に夢を託したい。

(2001年5月10日受理)
ページ更新日
2012年4月17日