公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

夢と希望
光延 旺洋


 大学院の時代と言われて久しい。平成3年に大学審議会から大学院の量的拡大が答申され,さらに,平成8年には大学院の教育研究の質的向上に関する審議のまとめが出され,一つのガイドラインが提示された。研究費の面でも文部省(文部科学省)の科学研究費補助金は,着実に増えてきているというし,各種大形予算,例えば未来開拓学術研究推進事業や私立大学ハイテク・リサーチセンター整備事業なども創設された。また,優れた教育研究実績をあげている大学院を中心とする教育研究条件整備のための色々な措置もなされているそうである。日本の社会全体が色々な問題点を抱えている中で,研究に関しては夢と希望があるようで,有り難いことである。

 研究費は全体としては潤沢になってきているというが,このパイが無限に大きくならないのは当然で,必然的に傾斜配分にならざるを得ないであろう。

 平成13年からの第2期科学技術基本計画では生命科学,情報通信,環境,ナノテクノロジー・材料の4分野に重点投資することが盛り込まれている。素人なりにマネーゲームの儚さをみると,日本のように資源が乏しい国では「ものつくり」を主軸にすべきであると感じ,その基盤の一つは「有機合成化学」であると言っても過言ではないと考えている。新しい分子や分子集合体,あるいは多結晶体ができれば新しい物理が生まれ,新しいテクノロジーにつながると信じている。しかし,今回の基本計画で設定された重点領域はどれも化学が密接に関連した分野であると言ってみても,この経路で有機合成化学に回ってくる額は少なく,多額な研究費が大きなグループに流れるであろう。科学の進歩には広い裾野が必要だから,特に基礎研究に関しては,上記4分野に限定しない配慮が常に必要であろう。

 言うまでも無いことだが研究をするのは研究機関ではなくて人である。本誌5月号には「今,若手研究者は何を目指しているか」が特集されている。全部は読んでいないが,小さい研究機関の方々の仕事に光りが見えるのは嬉しかった。多くの若手が自分の置かれた環境の中で,志をもって臨んでいらっしゃるようで,頼もしいことである。残念なのは,企業からの発信と,私立大学の研究者や私立大学出身者の論文が少ないことである。「特集号」というたった一例では何とも言えないが,私立大学に関しては,これが置かれている立場の厳しさの現れのような気もするが,個人レベルでとやかく言ってみても事態は好転しない。科学技術基本計画では基礎研究の推進もうたわれており,また,単独の研究者がポスドクや研究支援者等と共に行う研究を大幅に拡大するとも述べられている。大学の規模やグループの大きさに拘わらず,外部からの競争的資金を獲得する可能性の増大が期待できるが,これからは,今まで以上に各研究機関や研究室のアクティビティと努力が問われるであろう。

 大学院拡充という国の方針に企業の姿勢なども加わり,最近は大学院への進学希望者が増えている。これは教員サイドから見れば,学生と社会に対する責任が大きくなるということである。学生には前途がある。学生が研究を通して学問を学び,社会から喜んで受け入れられる人材に育成するという責任である。私立大学は一般に学生数に対して教員の数が極端に少なく,大学院生が増加しても教員数は増えないという大きな問題を抱えている。私大の経営は一般に大変だが,教員層が厚くなる方向で環境が整備されていくことを願っている。現実には,現状はどうであれ,自分達のキャンパスで大勢の学生と一体になって価値ある成果を出すことが社会に対する責任の一端を果たし,大学の評価を上げるのに一番大事なことだと考えている。

 「競争的な研究開発環境」は21世紀の重要なキーワードになると思われる。もうすぐやめていく人間が言ってはいけないことかもしれないが,原理的には賛成である。しかし,これが正常に機能するためには,厳正な研究評価が前提になる。確固とした研究のフィロソフィと広い視野をもち,さらに責任感と暖かい心をもったポテンシャルのある人達が自由に研究できる場が,私大の教員数増とも連動して拡がることを期待したい。

 志と意欲がある研究者が夢と希望をもって独創性と実力が発揮できる,日本の風土に合った競争的研究環境が築かれることを願っている。

(2001年6月19日受理)
ページ更新日
2012年4月17日