公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

大学院諸君に期待する
中谷 陽一


 2000年,2001年と連続して日本から,白川英樹教授,野依良治教授がノーベル化学賞を受賞された。お二人の極めて秀れた御業績であり,そして日本の化学のレベルの高さが再認識され,大変喜ばしいことである。このような折しも,なぜに海外で研究する私に,編集委員長より原稿を依頼されたのであろうか。

 私が住むフランスのアルザス地方は,所属する国がフランス,ドイツとしばしば替わったが,Strasbourg大学はいずれの時代にも秀れた研究者を輩出した。有機化学の分野では,Louis Pasteurのほか,ノーベル化学賞受賞のAdolf von Baeyer,Emil Fischer,Hermann Staudingerなど,直ぐに挙げることができる。現在のLouis Pasteur大学(Strasbourg第一大学)の化学も,Cambridge,Oxford,ETHなどと並んでヨーロッパではトップに評価されている。1666年Colbertによって創立された伝統とフランス最高の権威を誇るフランス科学アカデミーの現会員として,超分子のJean-Marie Lehn(ノーベル化学賞),生体膜進化のGuy Ourisson(前アカデミー総裁),カテナンのJean-Pierre Sauvage,配位化学のPierre Braunstein,非メバロン酸系路のMichel Rohmerがいる。勿論ほかにも秀れた化学者が多く,各人が独自の発想で新しい化学の分野を積極的に切り開いている。このような独創性と多様性は一体何から由来するものだろうか。天賦の才能や努力は別として,一言でいうとそれは教育ではあるまいか。

 フランスの小・中・高校では,知識の丸暗記よりも自分で考える能力,人に自分の考えを論理的に説明することが教育される。例えば作文や数学では,論理の道筋を丁寧に書くことが訓練される。高校卒業までに自己形成が培われ,大学生となれば独り立ちと見なされる。1年次から2年次への進級がむつかしく,Louis Pasteur大学化学コースでは,毎年合格率が40-50%程度である。大学4年を卒業できるのはさらに少数(入学時の約20%)となる。大学院の1年目(DEA)では,授業の筆記試験に合格した者だけが研究口頭発表試験に臨むことができる。私共の有機・超分子化学コースでは,DEA学生約40人のうちトップの6-7人だけが文部省奨学金を支給されて博士コースに進めるというかなりの厳しさである。一方,教育のプログラムの中には,週1回有機化学セミナーが化学部によって主催される。世界の第一線の研究者からホットな話題が聴けるので院生にとって大変有意義である。Strasbourgはヨーロッパのほぼ中心に位置し,その地理的利点を生かして大学は永年にわたり周りのヨーロッパの大学と切磋琢磨してきた。例えば,フランスの研究チームは,単位は小さいが迅速な情報交換や有機的な共同研究を通して高いレベルの研究を維持している。ここ10数年来,いくつかの日本の大学や研究機関(理研,産総研など)とLouis Pasteur大学との間で学術交流協定が結ばれ,研究者交流が盛んに行われている。昨年5月には日仏学術交流の拠点となる日仏大学会館(Maison Universitaire France-Japon)や日本学術振興会の連絡事務所がStrasbourgに開所した。両国政府の協力のもと一層の交流促進が期待される。

 以上が,私の狭い体験から見たフランスの教育についての要約である。極端な言い方をすれば,フランスの教育は論理に重点が置かれ,知識がそれに伴って深められるのに対し,日本では初等教育から大学レベルに至るまで主として知識に重点が置かれている。しかるに,大学院では基礎知識プラス論理性がなければ研究は行えない。自分のテーマについてその分野の知識を広めるとともに,その中での位置づけと意義を理解することが肝要であろう。要は,論文のエレガントなintroductionを常にイメージしながら研究を進めることである。実際の研究過程では自分で新しい方法を開拓する創造力も必要となろうし,結果をまとめる段階では,知識の記載に留まらず,議論の論理的展開,新しい展望が求められる。知識と論理性を調和させることにより独創的研究を発展させ,国際舞台で活躍する研究者へと成長されるよう期待する。
外国人会員の1人として,向山光昭教授を挙げることができる。

(2001年11月5日受理)
ページ更新日
2011年11月7日