公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

新しい合成の時代
銅金 巌


 “21世紀の有機合成”はその概念を大きく変えようとしているように思える。そしてその根本的な原動力となっているのは,コンピュータではないかと思われる。電気・電子産業,自動車産業,情報産業などに代表される現代の革新技術はコンピュータの発達に負うところが大きい。それはIC記憶容量ならびにCPU演算速度の指数関数的増加と,価格の指数関数的低下に象徴される。

 一方,残念ながら,化学の分野は,このコンピュータの利便性を十分には活用していない分野の1つであった。一般的に実験科学(Experimental Science)として位置づけられてきた化学の研究開発においては,研究者の頭脳に詰込まれた反応や構造,あるいは物性に関する膨大な化学知識,それらを短絡させて閃く「勘」,そして額に汗して実験を重ねる中から生まれる「発明・発見」がすべてであり,そこにコンピュータという人工的手段を導入することは,まさに研究者の聖域を犯すものとの認識すらあった。

 ところが,近年,コンピュータのもつ利便性を積極的に化学へ活用しようとする動きが活発になってきた。そして,コンピュータ分野での集積回路(IC)にも相当する,革命的な新規機能物質の探索手法の基盤となる技術が開発された。

 それが“コンビナトリアル・ケミストリー”である,と言われている。

 この技術を用いれば,数十万-数百万に及ぶ独自の化合物ライブラリーを作り,それを基に目的とするリード化合物を見いだす可能性も出てくる,という革命的な機能物質探索の手法である。このコンビナトリアル・ケミストリー技術を基盤とした手法は,医薬品関係の研究開発,特に革命的創薬手法として始まったが,今日ではそれにとどまらず酵素,農薬をはじめ触媒やポリマーあるは材料関連等,広い分野における研究開発に利用されるようになり,今や必須不可欠のものとなってきた。

 数年前に,アメリカで1カ月で1000億の化合物を網羅した巨大データベースを作り上げるプロジェクトが実施されたと伝えられた。単純に考えると,1日で30億-40億の化合物を合成し,それによって巨大ライブラリーを作成するということになる。

 これはもう,例えばコンピュータの活用を背景に1つ1つ単品の化合物を合成するコンビケムの手法を用いる以外に方法はないように思われる。

 また,一方ではライブラリーを用いた検索速度も1時間に1億分子以上という超高速が可能な状況となってきている。

 これらの技術を寄せ集め積み上げて,巨大データベースを作り上げるという驚異的なプロジェクトと思われる。

 そして,この巨大データベースが活用されはじめることを考えると,何か恐ろしいものすら感じる。

 これからの『新しい合成の時代』が,“コンビナトリアル・ケミストリーを要素技術とする化合物ライブラリーの構築と,それを用いたハイスループットによる高速スクリーニングの手法を活用する”という一大潮流によって始まろうとしているように思える。

(2002年2月7日受理)
ページ更新日
2011年11月7日