公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

機能を求める有機合成
加藤 喜規


 すこし前になるが2月19日,「通常総会」の後の「受賞者による講演会」では大変感銘をうけた。特別賞の吉田善一先生は,分子機能化学における先生御自身の1949年以来の研究ハイライトを,研究哲学とともに総括された。ともに協会賞(技術的なもの)の西川秀幸氏,三浦友三氏は,新機能を有する液晶化合物および新しい性能の除草剤の研究開発について,各受賞チームを代表して話された。3講演に共通する主題は,新しい性能を発揮する新規有機化合物の発明である。「有機化合物は何をやれるか,どこまでやれるか,なぜやれるか」を追求する演者の輝く目と,伝わってくる探究心は印象的であった。

 一般に,有機化合物の名前や分子構造は,厳密に云々する割には情報提供力に乏しいと思う。力学的構築物は形を見れば何に使うか予想がつくが,化合物では名前や分子構造を知っても機能の類推はあまりできない。また,分子レベルでの作用(分子間相互作用など)は,作用を受ける客体側の機能マシーンへの信号となるものの,現れるのはそちら側の連鎖反応の結末である場合も多く,そういう場合は化合物の分子構造から性能を類推することは全くできない(この事は一般の人にとってさらに決定的であり,そのため「化学」,「化学者」を懐疑的に見てしまいやすい。化学者は化合物の「リスク」について語れるまでに力を養いたい)。そのような背景から,新しいことができる化合物を発明する研究では,新規化合物を合成して機能を調べることを繰り返すことが基本的な戦略となり,従って有機合成は研究のメインエンジンになる。

 大切なのは化学構造-機能情報の相互フィードバックである。講演で吉田先生は,本研究プロセスの創造性を「scientific inspirationによる」と表現された。合成化学においては,簡単に部分構造のすげ替えができる基本合成プロセスや,一連の関連化合物を容易に提供できる新反応の開発などが一般に吉となり,化合物ごとに原料や合成ルートを開拓しなければならない計画は凶である。しかし,そんな一般則に捕らわれていても成功するとは限らない。また,回り道をしても,どうしても合成してみたい分子構造もでてくる。

 有機合成はメインエンジンになる,と述べたがエンジンだけでは船はどこへも行けない。新しい機能を求める航海は,異なる専門家クルーを束ねるナビゲーションで成り立つ。とくに,西川氏,三浦氏の講演のように,実用化研究を目指す場合,同時に複数の性能を求めることになる。例えば,筆者が携わる創薬研究では,新しい作用の他にも,少量で効き,安全で,飲んで吸収され体内に適当に分布するが蓄積せず,他の薬と悪い飲み合わせを起こさず,分解せず安定に保存できて,製剤に加工するのに都合のよい物性をもち‥・,などの多元連立方程式の解を単一の分子構造として求めることになる。そこで,いろいろの角度からのアセスメントの航海を経て,トーナメントに勝った化合物が競争力のある解となり得る。しかし,不幸にして解が見つからず,船は真理の海の藻屑となる場合もある。解は真に存在しないのか?は,神のみぞ知る。

 トーナメントに勝った分子構造には求めた機能情報が一義的に埋め込まれている。しかし,第三者にとっては変哲もない化学橋造にすぎない。ところが,本構造を真似して合成すればそのすばらしい機能を再現できてしまう。そこで,発明者は分子構造物質を特許化し,「知的財産」としてその価値を占有できる決まりである(proprietor)。産業に実施活用したり,実施したい者に譲渡したり,売ったりして発明の価値を世界に問うのである(死蔵して不良資産とすべきではない。また,権利化せずに安易に公表すれば,占有できない知識は競争力にならないから実施希望者は減り,発明を社会へ還元する機会を失う)。

 ところで,車,デジカメ,コピー機,プリンター,ゲームソフトなどに見る,多大な調整プロセスを通して特殊要素を統合して高度機能を得る,いわゆる「すり合わせ型」発明は,日本人が能力を発揮しやすい分野という。であるならば,有機合成をエンジンとする,高度機能を求める新規分子構造の創出研究は,日本が競争を優位に進めるのにぴったりの分野ではなかろうか。

 懇親会で村井眞二会長が挨拶された。「日本の21世紀は有機合成でやっていけるようですね・・・」我が意を得たり,であった。

(2002年3月26日受理)
ページ更新日
2011年11月7日