公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

企業研究と人
大貫 隆


 世界規模での不況と言われて久しい。日本の景気も底を打ったのか打っていないのか定かではないが,急激な回復は期待できないと言うのが大方の見方のようである。また,中国あるいは東南アジア等の途上国の人件費は国内の十分の一以下と言われており,技術の進歩も驚くほどであり,製造業はコスト競争に勝つために生産拠点を途上国等の海外に移していく。その結果として,生産拠点になった途上国の技術上の追い上げはさらに加速するであろう。大きな付加価値を生む技術開発なり,新しいビジネスに繋がる創造的な研究シーズを育てて行かないと,国内に生産拠点をもつ多くのメーカーの経営状況は回復どころか下降線を辿るのではないかと危惧している。

 企業,特にメーカーの発展は研究開発に懸かっていると言っても過言ではない。研究開発は人である。実力のある人をいかに確保し,育成していくかに懸かっているように思う。私の周りを見てみても,実力のある人が必ずしも大きな成果を上げているわけではないが,素晴らしい成果を上げた人は力のある人とは言えそうである。運も実力と言うが,大事な事実,現象を見逃さない感性そして鑑識眼があると言うことだろう。実力をつけるためには知識,実行力が必要なことは言うまでもないが,集中力とか深い思考そして多面的な見方のできる視野の広さを身に付けることが大切に思う。企業研究者の育成には適性ある人を早く見いだし,研究テーマのビジネス上の意義とか目標を明確にした上で自分の考えをもとに研究者が思い通りに研究に没頭できる環境作りが必要と思っている。

 最近,就職試験の面接官を頼まれて面接をしていて気になることがある。会社に入った後のために準備をしたいが何をしたら良いのかと言う人が多いのである。会社に入ったらがんばるぞと言う意欲は十分に伝わってくるし,会社に入って先を読んで行動することも確かに大切と思う。しかし何か釈然としなく,どこかに頼りなさを感じてしまうのはなぜだろうか。入社後,社内的にはある程度の活躍はできるだろうが,対外的に技術競争に勝ち残れる,人真似でない優れた研究開発を果して担えるのかということなのだろう。勿論,受入側も視野の広い,協調性のある人を求めるあまり,もしかしたら拘りなく何でもやる人,使いやすい人を求めていたのではないだろうかと大いに反省する必要がある。博士課程あるいは修士課程を修了して研究者を目指すのであれば,自分で考え,研究構想が立てられるプロを目指してほしいと思う。就職活動はするにしても,自分の研究テーマに没頭し,テーマを仕上げ,主体的にテーマを展開できる力を身に付けることが大切と思う。この変化の激しい時代,安定した業績の企業に入社したつもりでも,いつ業績が悪化しリストラに巻き込まれるかもしれない。また,会社の研究開発方針と研究者の目指す方向とのミスマッチにより,転職と言うより転社と言うべきだろうが,転職する破目になるかもしれない。その一方,中途入社が増加し,終身雇用制が崩れ研究者,技術者の流動化が早まると考えられる。その時ものを言うのは,一人一人の研究者,技術者としての社外でも通用する実力である。これから企業研究者を目指す人はいわゆる就社ではなくて就職すべきである。

 日本の有機合成化学は先達の努力で世界と競争し得るレベルにある。野依先生のノーベル賞の受賞は有機合成化学関係者に大きな自信と勇気を与えてくれた。また,昨年5月の有機合成協会誌に掲載された特集「若手研究者は何を目指しているか」を読んで次の世代を担う研究者に頼もしさも感じた。企業の中にも国際的に十分通用する力のある創造性豊かな若い有機合成化学者が一人でも多く育ち,大学や他の研究機関との連携のもとに世界をリードする研究成果を期待したい。幸い有機合成化学は医薬,農薬,機能性材料等いろいろな分野の基盤を支える技術であり,境界領域や異分野においても技術革新に大いに寄与できると思う。技術革新による日本経済の再浮上を願っている。

(2002年4月4日受理)
ページ更新日
2011年11月7日