公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

有機合成化学の活力を化学工業の更なる発展に
-知と技の効果的な連携を目指して-
西口 郁三


 一昨年の白川英樹先生に引き続く昨年の野依良治先生のノーベル化学賞の御受賞という大快挙に加え,近年の有機合成化学に携わる我が国の数多くの研究者の世界の大舞台での目覚しい活躍は,我が国の当該の学術分野が世界の先導的地位にあることを如実に示しております。

 一方,化学工業に目を転じれば,今なお本質的には世界に誇る高い技術力を持ちつつも,我が国の財政金融政策の大失敗による経済全体の後退のため,多くの化学工業が大変な苦境に立たされております。さらに,中国などの開発途上国の急激な経済発展,生産技術の大幅な向上やそれらの国への工場移転に伴う国内工業の空洞化等により,近い将来我が国の化学工業は,現在よりも遥かに厳しい状況に追い込まれることが懸念されております。

 そこで,我が国の有機合成化学を中心とする有機化学分野の近年の学術活動の高いポテンシャルを,いかに苦境にあえぐ化学工業の再活性化に結び付けるかは,産官学の研究者・技術者の焦眉の使命と責任であると思います。この問題に関して,国立大学の独立行政法人化と教官の非公務員化が目前に迫った今日,独断と偏見との御批判を覚悟して,敢えて私見を述べさせていただきます。

 第1には,産官学いずれにおいても研究や開発が従来の知見・技術の改良・改善等の末梢的なものではなく「独創性に富む革新的な知や技の創出」を目指すべきであり,化学が物質・材料科学の中核に存在することを考えると「画期的な価値と機能を持つ材料の創製」に有機合成化学が必然的に極めて重要な役割を果すべきでしょう。

 第2には創出された「知と技」の効果的な連携すなわち産官学連携の在り方です。今日,産官学連携の必要性が強く叫ばれ,多くの機関や組織がつくられ,多くの会議で活発な討論が交わされております。しかし,真に効果的に機能するためには,お互い言い難い本質的な問題点について双方が率直に議論することが必要だと存じます。 全般的な点では,まず,文科系出身の事務局ではない「研究者・技術者主導体制」を確立すること,次に大学全体で定めた基本的な方針にそって研究者個人と企業が,「契約」を適確に結び,機密保持,研究資金や成果の帰属等を明確にしておくことが,将来重要になるでしょう。

 また,大学研究者は企業と共同研究などの連携活動を行う場合,先ず企業秘密を厳守すること,次に研究遂行のための研究助成資金や特許等の収入に関して「公私の区別」を明確にすること,さらに「学(官)尊民卑」を排し企業研究者と対等の立場で,産官学連携を進めることが必要です。一方,企業側は,先ず大学研究者の研究成果の利用の際には,特許等の出願の有無にかかわらず十分にその価値を認め,それなりの敬意と対価を払うこと,次に研究開発のすべてを自社内だけで行うのではなく,必要に応じて研究開発の高度化や効率化に役立つ第三者を契約に基づいて積極的に共同研究者に入れること,が必要でしょう。

 第3には創出された「知と技の財産」の適切な特許の出願・登録・運営とその財産の国家戦略に基づく保護,監視であります。最近,大学研究者に特許などの出願を勧め,TLOなどの組織が各大学に多く設立されています。このこと自体は大変結構ですが,大切なのは「特許などの知的財産は,出願・登録することに意義があるのではなく,企業で実施され製品になり,利潤を生んで初めて役に立つ」ことであり,大学が自己のPRのため出願の数に躍起になるがあまり,安易に出願することは大いなる無駄であります。適切な機関での適確な審査や,出願前の実施可能な複数の企業と一定のルールの下での協議も,一案でしょう。また,共同出願した際でも,企業側が実施し易い工夫が必要です。次に成立した権利が国家戦略により保護,監視されなければ何にもなりません。一部の近隣国で堂々と出回っているコピー商品を看過している外務省や経産省など日本政府の怠慢の責任は,極めて大きく,国益の重大な損失です。

 以上,産官学の独打性を生かした「知と技の創出」,相互の効果的連携による「国際競争力に優れた知的財産の創造と権利化」,さらに「国家戦略に基づく権利の厳格な保護・監視」,等の実現により我が国化学工業が世界を先導する日の1日も早い再来を心より祈念しております。

(2002年7月3日受理)
ページ更新日
2011年11月7日