公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

有機合成化学をとりまく環境と環境問題
大嶌 幸一郎


 京都議定書にもとづくCO2の削減の問題や,常に新聞紙上をにぎわしているダイオキシンや野菜の残留農薬問題など環境問題は,資源エネルギー問題とならんで21世紀の大きな課題である。社会がこのような課題をかかえた今,科学の力,なかでも有機合成化学が果たすべき役割は大きい。例を挙げればきりがないが,例えばオゾン層を破壊するフロンの代替品や内分泌撹乱物質(環境ホルモン)である有機スズ化合物の代替品の開発は急務であるし,焼却処分してもダイオキシンを発生しない高分子化学製品の開発も重要なテーマである。

 ところが,我々がおかれている大学の研究環境は,誠に心外なことであるが,有機合成化学が果たすべきその役割の大きさに比べあまりにもお粗末である。化学企業の研究室と比較すればその差は歴然としている。京都大学工学研究科の化学系は,今年夏に百万遍の吉田キャンパスをはなれて新しい桂のキャンパスへ移転する。桂キャンパスでは有機合成を専門とする各研究室において,学生ひとりに1台,合計20台ほどのドラフトを実験室に設置することとした。ドラフトの数は十分であるが,一研究室あたりの面積が従来と何ら変わらないため,20台を実験室にならべると隙間がほとんどない。国立大学は平成16年皮から独立法人化され,これまでの人事院規則から,より厳しい労働安全衛生法の規制のもとにおかれる。安全性の面からも,とてもこれをクリアーできるとは思えない狭さである。何十年も前に決められた基準面積を全く考え直さない文科省もどうかと思うが,その深刻さを訴える努力をしてこなかった我々にも責任がある。大きな声をあげて文科省を説得する必要がある。環境問題ならびに安全衛生問題の解決にはお金がかかるということ,またかけなければならないという認識をすべての人が共有することから始めなければならないと痛感している。諸先輩たちの努力により研究費の方はかなり恵まれるようになったが,スペースや設備に対する投資は今なお不十分である。ここで十分な投資を行い,後につづく若い人達に安心して有機化学分野に参入してもらえるような研究環境を作るのは我々の責務だと考えている。

 はじめに社会の環境問題について触れたが,大学での研究をとりまく環境も大きく変わりつつある。研究による環境への影響は,有機合成化学の分野に携わる我々にとって特に深刻なものである。理工学系の中では,従来3K,すなわち危険,汚い,きついと,嫌われていた分野ではあったが,環境問題がクローズアップされるにつれ,社会の目も大層厳しくなってきた。桂キャンパスでは「環境マネジメントシステム」に関する国際的な規格であるISO14001の認証を取得すべく準備中であるが,PRTR法(Pollutant Release and Transfer Register,特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律)をはじめとする環境関連の法令ならびに労働安全衛生法の規制下の法律の遵守のためには莫大なお金と労力が必要である。反応や生成物分離のために用いる有機溶媒の回収,再利用,反応処理後に出てくる廃溶媒の処理,有害物質の適正な管理,悪臭を出さないための対策など,これらの対処に十分な注意を払う必要がある。白川英樹博士,野依良治博士,田中耕一さんと,日本人化学者のノーベル化学賞3年連続受賞は我々関係者の喜びであるだけでなく,世間の人々に化学の素晴らしさ,重要さを認識してもらい ,それによって大学の研究環境を考えていただく絶好の機会と考える。

 20世紀は大量生産,大量消費の時代であり,エネルギー・資源を大量に消費した。その中で地球環境にも多大な悪影響を及ぼしてしまった。この反省から21世紀には,環境にやさしいものづくりが要求される。分子を設計して思いどおりの化合物を作り上げることができるのは有機合成の大きな強みであり,この分野の重要性はますます大きくなると思われる。安心して新しいものを作ることのできる研究環境ならびに社会環境を整備したいものである。

(2003年1月22日受理)
ページ更新日
2011年11月7日