公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

真のグリーンケミストリーの開発を目指そう
塩入 孝之


 「国際化」「IT」そして「環境」。三題噺ではないが,この3つの言葉は近年Keywordとして,科学のみならずいろいろな場面で出てくる。こういう言葉を聞くとまたかと感じる人も少なくなかろうが,そうはいってもいずれも21世紀の日本にとって重要であり,化学の分野ではもちろん「環境」の今後を担う重要な化学としてグリーンケミストリー(サステイナブルケミストリー)があることはいうまでもなかろう。

 実は化学工業関係に起因する環境破壊あるいは公害の克服は,企業にとってはもう随分以前からの課題であり,企業の死活問題にもつながるので,以前からプロセス化学者を中心に環境を顧慮したグリーンケミストリーの開発を展開しており,最近いまさらのようにグリーンケミストリーが騒がれ出したことに,不快感,違和感を持たれる企業人もおられよう。世の中の動きに遅れているのはむしろ大学の方で,地球と人間に優しい,環境に配慮した化学の重要性に,いまさらのように気づき始めた大学人が多かろう。

 従来開発というと,兎角荒れ地をきれいに整備して公園にしたり,また自然を破壊してまで大して利用されない道路を作ったりすることだと考えられていた。しかし21世紀は自然と人間の共生を目指した環境調和型の開発を考えなければいけない時代といえよう。そういう意味で,まさにグリーンケミストリーの開発は,人類にとって宇宙開発などよりも焦眉の急を要する重要な緊急課題なのである。

 そしてこれからは幼時の時から物の大切さ,環境破壊のこわさを教え,また大学においてはグリーンケミストリーの重要性をしっかり教育する必要があろう。企業に入ってから,突然のようにこれは環境によくないからこうした方がよいなどと,いわば再教育されるよりも,大学においてしっかり環境に配慮する化学を身につけて入社した方がよいに決まっている。大学においてはグリーンケミストリーの重要性を学生に訴えるために,企業の特にプロセス化学関係にたずさわっている方を迎えて新しい研究室を創設し研究・教育をしていただいたり,講師としてお招きして講義していただいたりするのも一案である。また化学の学生実習をグリーンケミストリーの見地から見直しをして,新しい実習プログラムを開発することが要求される。さらに学生を実際に企業のプロセス化学実践の現場に派遣して実地を学ばせるインターンシップも,大学が企業の協力を得て今後積極的にとり入れて行く必要があろう。一方,大学における研究などでは,小スケールの実験が多く,生成物を分離,精製するためにカラムクロマトグラフィーなどを多用するが,これも小スケールならいざ知らず,大量合成になると大量の溶媒を必要とし,経済的でない上に,流出した溶媒の処理が問題となる。従って,そのような精製を必要としない有機合成反応を用い,また条件を検討することが必須となる。

 最近塩化メチレンなど塩素系有機溶媒の使用が問題になっている。ご承知のように塩化メチレンは様々な有機合成反応に有用な,いわば必須の溶媒となっていたが,今や下水中でppm orderの存在が問われ,工業生産には使用不可の溶媒となりつつある。その代替というわけではないが,最近水が注目され,水を反応溶媒とした種々の有機合成反応が活発に開発・展開されている。反応自身は水を溶媒として用いれば,水の特性を活用できるだけでなく,安価かつ安全であり,また水は他の有機溶媒のように回収,再使用する必要もなく,廃棄は簡単と考えられがちである。しかし水の廃棄には,活性汚泥による処理や,含まれている有機溶媒の焼却処理などを必要とし,環境的に全く問題がないわけではない。場合によっては「清らかな水をあまりいじってもらいたくない」ということにもなりかねない。また従来化学量論的に行われている反応を,触媒反応に切り替えることも重要であるが,その際触媒として有害あるいは地球上に少ない金属を使用していないか,触媒の調製に際し,環境に負荷をかけていないかなど注意が肝要である。

 要は反応全体にわたってグリーンかどうか考えなければならず,それ故に有機化学者は完璧なグリーンケミストリーを目指して,一層の精進が必要となろう。

(2003年2月14日受理)
ページ更新日
2011年11月7日