公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

第三世代の化学
平岡 哲夫


 万物流転,エントロピーは増大する等,変化に対応する言葉は古今東西非常に多い。それでは化学の世界における「流れ」を歴史的に総括するとどういう姿が描けるであろうか。筆者はこれを第二次世界大戦以前の第一世代の化学,それ以後から1985年頃までの第二世代,それ以降現在までを第三世代の化学と分類したい。異論はあるであろうが,わかりやすく表現すると第一世代は英独を中心とする欧州の化学の時代であり,第二世代は米国の台頭とそのヘゲモニー(支配権)の確立であったと言える。日本は第二世代の半ば(1970年頃)より化学の世界でその業績を評価されるようになり,世界の仲間入りを認知されたのが現実である。それでは現在第三世代の化学の世界に身を置く我々はいかなる哲学,思想をよりどころとして今後進むべきであろうか。それには現在,学会誌,マスコミ上で述べられている化学関係のキーワードのおさらいから始める必要がある。数が多いがそれらを列挙すると以下の如くになる。すなわち,環境立国,地球環境(炭酸ガス排出,フルオロカーボン,自動車排気ガス等),資源循環型生産(社会),3R(Re-use,Re-cycle,Reduce),持続可能型社会(Sustainable Society),エコロジー,バイオテクノロジー,ゼロエミッション社会,LCA(Life Cycle Assessment),グリーンケミストリー,バイオマス(Carbon Neutral,CO2-recycle),グリーンプラ(生分解性プラスチック),環境ホルモン,等多彩である。また,研究開発分野でしばしば使用される言葉は,高選択的反応,高機能性材料(マテリアルサイエンス),高機能性触媒等である。

 一方,若者の科学離れが論議されると同時に化学に対するイメージ像の悪化が問題視されてきた。従って日本化学会を中心とする諸先生方の小,中学生に向けた化学に関する興味誘導行事や,一般市民向けの公開講座等の開催は長期展望努力として続けてゆかねばならないと思う。また,これとは異なる世界ではデスバレー現象(Death Valley,死の谷)が生じ,基礎的研究(研究開発)とその事業化との間の大きな亀裂が問題とされている。すなわち研究開発成果が製品化に結びつく効率の悪さが産業界では議論されるようになっている。

 しからば第三世代の化学の時代に生きる我々の今後のマクロの視点からのスローガンは何であろうか。その答えは月並ではあるが「環境(自然)との緊張感のある共生による化学」である。ここで言う「緊張感のある」とは単に「自然にやさしい」というようなあまえの構造を含むものではない。この協会誌を読まれている多くの化学者が関係する有機合成化学においては,省エネルギー型新化学反応の開発が重要となる。すなわち高選択性反応(副反応,副生物が少ない),ウルトラスーパー触媒(回転率が高い,高温を必要としない,超微量で働く,酵素に劣らない特別選択性等),溶媒も含め廃棄物(排出物)の少ない反応,連続型分子骨格構築反応(多段階のone pot reaction,tandem reaction等),常温短時間完結反応,等多彩なものを例としてあげることができる。現在の我々の駆使している有機合成反応は非天然型反応が多いが,細胞内における酢酸よりコレステロール合成などを考え比較してみると,その効率は未だ幼稚園レベルである。従って我々がこれから研究開発しなければならない有機合成化学新規反応は無限に存在する。さらに,有機合成化学は我々人間が生活を行ってゆく上に必要なあらゆる物を作り出すマザーサイエンス(テクノロジー)である。サイエンスはもちろん人が発展させる。明治維新の改革は高い志を持った少数の人々が中心となって達成された。それ故,科学の各分野の進歩もそれに係る科学者の数ではなく適格なる目標と,哲学を持った志の強い研究者によって成就されるのである。従って著者は若い化学者の奮起に大いに期待したい。

 最後に私は二つのことをつけ加えたい。第一は科学(化学)の世界においても「流行は必ずすたれる」という事実であり,第二はベートーベン,モーツアルトの音楽が現在でも多大の影響力を有している如く,我々は第一世代,第二世代の化学をおろそかにしてはならないことである。

(2003年3月17日受理)
ページ更新日
2011年11月7日