公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

創造に駆り立てる力
吉良 満夫


 東北大学が2007年に創立百周年を迎えるので,現在百年史の編集作業が進められている。先日,編集委員の先生から,その原稿をまとめたものを送っていただいた。力作ではあるが淡々とした記述の羅列を読みつつ,ひとしきり感慨にひたった。明治40年理科大学として創立した東北大学の化学科は無機化学,有機化学,理論化学の三講座でスタートした。第二講座を担当したのが日本の有機化学の祖というべき眞島利行先生であった。その後100年の間に,大勢の名のある化学者がこの化学教室を支え,ここから輩出した。その中に,藤瀬新一郎先生の名前を見出して,私は日を閉じた。

 もう30年以上も前のことになるが,京都大学から東北大学に移って,しばらくして,藤瀬新一郎先生のお屋敷の一角に住まわせていただいたことがある。先生はすでにお亡くなりであり,当時ご子息の藤瀬裕博士(浜松医科大を先年ご退官)のご一家がカナダに留学中であったので,令夫人だけがお住まいであった。奥様からはいろいろなお話を伺ったが,ヨーロッパ留学に同行されたときのことや,いまの仙台国際センターの向かいにあった小さな池で,2人で当時まだ珍しかったスケートをしたことを楽しそうにお話された様子がいまでも記憶に残っている。藤瀬新一郎先生は私が当時助手でいた有機化学第二講座の先々代の教授に当たるので,学者として先生がどんな方だったのかということに,たいへんな関心があった。しかし,理学部長を長く続けられたことや,化学教室の優秀な学生に送られる藤瀬賞にお名前が残っていることぐらいしか分からなかった。しばらくして,久保田尚志先生(大阪市立大名誉教授)が書かれたものを偶然に読んで,いたく感激したことがある。その一部を紹介させていただく。

 藤瀬先生に教わりながら,フラバノン誘導体の2種の混合物から1つの誘導体を分離されたときの様子である。200 gほどの混合物から延べ200回以上の再結晶を繰り返して,大体純粋な目的物を得た後,さらに,粗結晶を熱アルコールに溶解し,ルーペでのぞいていると,最初にきれいな針状結晶が析出するのだが,しばらくするとその針状結晶の上に,小さな塊状の結晶が析出し始める。この塊状結晶が出始める前に,針状結晶だけを熱時ろ過して純粋な目的物を取るのだという。久保田先生は,最初にこれを手がけられた藤瀬先生が,よく辛抱強く希望を捨てずに自信を持って再結晶を進められたものだ,今考えても頭が下がる,と述べられている。

 私はこの話の中にある藤瀬先生の創造性に強くひかれる。科学者の個性が創造に向かう一瞬を見るような気がするのである。ルーペを通して結晶の成長をじっと見守ることに駆り立てた力は何であったのだろうか。その自信はどこから来たのであろうか。知識や技術の集積では如何ともしがたい,おそらくはご本人にも十分に把握できていないと思われる力が働いているように思われる。

 私の近くにいる若い人たちの中にも,このような創造のための力を感じて嬉しくなることがある。4年ほど前に,私たちは初めての安定ジアルキルシリレン(カルベンのケイ素類縁体)を合成単離することに成功した。この成功の鍵はかさ高い2座配位子の開発であったが,配位子自身は1988年にできていた。それを用いて3年後にはスズの類縁体(スタンニレン)を合成した。しかし,ケイ素の類縁体をつくるのに,それからさらに8年を要した。途中何度かあきらめ,表の研究テーマからは消えた。しかし,若い助手や学生たちはあきらめていなかった。先輩達から引き継いで,実験を継続していたことを後で聞いた。いわゆるヤミ実験を推奨するわけではないが,このテーマには,若い人たちをひきつけ,駆り立てる何かがあったのであろう。それに敏感に反応する,潜在的にせよ,創造のためのすばらしい力を備えた人たちが少なからずいたのである。

 日本に飽き足らず大リーグに挑戦する若い優秀な野球選手達がいるように,化学の世界でも,活躍の場を求めて,世界中どこにでも出て行く気概のある人が大勢いてほしい。日本の化学がマイナーにならないよう,若い人たちが大きな夢を追求できる場を提供できるよう,私自身も夢を持ち続けたいと願っている。

(2003年5月16日受理)
ページ更新日
2011年11月7日