公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

情報革命を機に我が国情報誌の発展を
香月 勗


 ここ数年研究者は自己評価,外部評価,第三者評価などのさまざまな評価にさらされている。このような状況の下,研究成果の報告が評価を強く意識してなされる傾向が強まっているように思われる。

 近年,雑誌のインパクトファクターなる数字を耳にする機会が急に増したように感じる。これは,掲載されている論文の被引用回数を利用してその雑誌が学会などに与える影響を数値化したもののようである。インパクトファクターの大きな雑誌に,優れた論文が多いのは事実である。研究者が優秀な成果をこれらの雑誌に投稿してより広い範囲の研究者の関心を惹起しようとするのは,科学のもつ普遍性からして自然の成り行きと思われる。しかし,その数値の取り扱いには疑問を感じることが多い。例えば,どのような成果を報告したかではなく,インパクトファクターの高い雑誌にどれくらい報告したか,などのアンケートに接したときである。主要誌に優れた論文が多いことは上述のごとくであるが,そこに掲載されている論文が他誌掲載のすべての論文よりも優れているかと問われれば,答は明らかに否であろう。にもかかわらず,上記のようなアンケートは増えているように思われる。このような他者の物差しに依存した形式的な評価は,評価の意義そのものを危うくするものである。

 評価に関して,近年のノーベル化学賞は極めて印象的であった。一昨年の野依教授の受賞は,圧倒的な業績から多くの化学者が期待していたものであった。一方,昨年の田中氏の受賞は多くの化学者に驚きをもって迎えられたものと思う。その後の報道から,田中氏の成果の最初の発表は「質量分析に関する第2回日中合同シンポジウム」とそのproceedingsにおいてであり,独創的な発見のその後の展開でドイツの化学者との競い合いがあったことを知った。しかし,従来よりノーベル賞の選考が独創性に重きを置いてなされていることはよく知られているところであり,田中氏の受賞は極めて当然のことと思われる。独自の基準に基づいて選考を実施するノーベル賞選考委員会のこの見識が,ノーベル賞をして世界最高の賞たらしめていることを実感できた。

 話が横道にそれたが,本年2月5日の朝日新聞の科学欄に「日本の科学専門誌の振興策を」と題する東京大学生産技術研究所羽田野氏の提言が掲載されている。氏は,日本独自の研究を守る立場から国内専門誌の振興策の推進を訴えるとともに,評価の在り方についての懸念を表明しておられる。

 上質の品物には高級な包装が施されている傾向があるが,包装で中身を判断すると素晴らしい掘り出し物を見落とすことになりかねない。評価も同様であろう。手に取ってみて,各人の目でなされる必要がある。報文のもつ価値を研究者それぞれが自らの視点に立脚して,判断することが求められる。この努力が,多様で独創的な研究を支える基盤となるものと思われる。一部に見られるように,物差しのひとつに過ぎないインパクトファクターに大きく依存し自らの評価を怠っていると,いつの日かそのつけが廻ってきそうな気がする。この他者の評価に依存する傾向が強まれば,羽田野氏も危惧しておられるように我が国の1次情報誌の存立が危ぶまれる事態が遠からず起こりそうである。

 ここ数年,コンピューターによる検索システムが急速な発展を遂げている。今日では,膨大な論文の中から目的の分野の論文を瞬時に検索でき,それらの論文の抄録を目にすることができるようになっている。また,論文そのものにも短期間のうちに接することができるようになっている。他者の物差しに基づいて情報収集を行う必要はもはや存在しない。

 情報革命に伴って,すべての雑誌の情報が共通の関心を抱く研究者の目に平等に触れることになる。この機会を捉えて,我が国の1次情報誌の基盤の強化が図られるとともに形式的な評価がなくなることを願っている。

(2003年6月13日受理)
ページ更新日
2011年11月7日