公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

有機合成の過去・現在・未来
檜山 爲次郎


 今世紀は軽薄短省を旨としなければならないとかつて書いた。省は少や小の意も含む。必要最小限の資源・エネルギーで用を足し,不要なものを出さない,使わない。すなわち太陽エネルギーを最大活用し,再生可能資源を使って環境負荷をゼロにする。他方,健康と高質生活の維持向上のための医薬ならびに良質の情報を入手できることが必須になる。すなわち,情報,ライフサイエンス,環境・エネルギー,ナノテクノロジー・材料の重点4分野において,それぞれの基盤技術として有機合成が決定的な役割を果たすことを銘記しておきたい。独自の材料・医薬・触媒・エネルギー変換素子を設計・合成・機能評価によって創製することこそが革新の決定的要因であり,これが有機合成によってのみ可能だからである。

 前世紀の有機合成において,有機金属化合物の果たした役割は目覚ましい。金属反応剤,金属錯体触媒が結合形成・結合切断を革新してきた。まずZnやMg,Alが登場し,続いてLi,Bが還元や炭素-炭素結合形成に革命をもたらした。同時にFe,Co,Ni,Tiなどの遷移金属の量論反応,触媒反応がこれまでにない炭素骨格形成に有効であることが明らかになり,有機合成のみならず高分子合成を大きく進展させた。その後Rh,Pd,Pt,さらにはRu,Mo,W,Zr等々が当たり前のように使われるようになっている。金属の特徴的反応性とリンなどの配位子の性質を組み合わせると高選択性が達成でき,不斉合成まで今や当然になった。現在ではランタノイドなど私の学生時代には有機化学と全く縁のなかった金属元素までも有機合成の重要手段になっている。同時に炭素と同族のケイ素が無機材料と有機材料の文字どおり架け橋として主要な役割を果たし,高機能材料・反応剤として用途を拡大している。このように,周期表の元素一つひとつが個性を発揮し,新しい有機化学を産み,最新有機合成技術を展開してきている。当然,ヘテロ元素も活躍している。O,N,P,S,Seやハロゲンが電子共役系に組み込まれて電子材料としての機能を発揮する。これからは,各元素を複数利用して,これまでとは次元の異なる機能を発揮させる化合物の創製が盛んになるだろう。その将来は全く予断できないくらい可能性が拡がっている。とくにフッ素は独特の性質ゆえに,これからの医農薬や材料では不可欠元素となるだろう。

 有機合成は分析技術の進歩とともに次元を大きく変えてきた。たとえば,分光学である。かつてはUVによって電子共役系の構造を推定していただけであったが,IRの登場によって官能基の種類や位置がわかるようになり,NMRによって炭素骨格や立体配置までわかり,立体化学の決定が精密になった。MSは分子式の決定とともに極微量分析を可能にしてきた。最近では高分子の並び方の情報や超分子やイオン性化合物の構造までも確定できるようになり,共有結合がなくても分子あるいは化合物として同定できるようになった。コンピュータ・解析ソフトの進歩によってⅩ線解析が普及し,結晶構造が格段に容易にわかるし,生物活性分子・蛋白複合体をはじめ材料分子・分子集合体の配列に関する知見が蓄積してきた。高エネルギー放射光を利用すれば溶液における構造すら情報が得られる時代である。したがって,ナノ・ミクロレベルも含めて多様な分子構造を構築するだけでなく,設計や機能評価まで有機合成化学者の役割になっている。さらに表面分析技術の進歩により,固体表面での有機反応,有機合成が研究対象となりつつある。材料創製にSTMやAFMが活躍する時代になって,一分子毎の有機合成も夢ではない。単離・精製技術も格段に進歩し,これまで対象外であった極微量で構造が極めて複雑な天然物も有機合成のターゲットとして取り上げられ,構造さえわかれば全合成が達成されるようになった。そこでは絶えず有機化学や生物化学の新しい問題が提起され,解決されている。

 これらの流れを将来に外挿すると,有機合成は医療・生物・物理・電気・情報などこれまで全く縁のなかった他分野とさらに緊密な連携をとって発展し,その領域をどんどん拡大するだろう。やがて有機合成化学者は,科学技術の進歩における主役になることができよう。そのためには有機合成の深化拡充とともに周辺科学の理解が不可欠になる。

(2003年9月12日受理)
ページ更新日
2011年11月7日