公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

節目に思うこと
佐々木 博朗


 人生の前半で抱いた重大な3つの懸念はどうやら現実となってしまったようだ。小学5年生の頃,いつもの魚取りの帰り道,春の夕暮れに菜の花畑と瀧月夜を見ながら童謡「瀧月夜」を歌いつつ,あまりの美しさとあまりの幸せに何とも言えない悲しさを感じた。岐阜県の山中へ疎開して,幼稚園・小学校時代を過ごし,いつの間にやら魚取りに夢中になっていた。毎年魚が少なくなり,遠くへ行かないと取れなくなる。大量の農薬が使われるためであった。毎年一度東京を訪れ,多摩川で遊んだが,汚れて行く姿を見て,目を覆った。幼いながら自然と人のバランスが崩れて行く予感がした。私が老人になる頃にはいったいどうなっているのだろう。大人になりたくない!その後,甘い感傷は放り出し,化学を学び企業戦士として邁進してきた。最近,化学技術戦略推進機構の活動に関わるようになりグリーン・サステイナブルケミストリー(GSC)の旗振りに一役買うことになった。根っからの環境少年の血が騒ぎ出した。GSCの推進において有機合成化学が主役を担うことは申すまでもなく,地球と人類の長生きに繋がる妙手を期待したい。

 次の懸念は教育についてであった。中学校で東京へ移り, しばらくすると受験戦争に巻き込まれた。特に高校時代は記憶して吐き出す練習ばかりの悲しい時を過ごした。思考力と対人力を磨くべきこの大切な時期にこんな過ごし方をしていてよいのか。焦りつつも小心者ゆえに大学に入るまで我慢しようと流された。大学で有機合成化学を学び化学企業に就職し,新規事業を創出する役割を頂いた。上司にも恵まれたが,一向に新規事業を創出できず,あっという間に10年が経った。やはり,自分で芽を創出する力や産まれた芽を育てるために協力者を募って邁進していく対人力が全く欠けていることを痛感した。一生商品を生み出すことはできないのではないか・・・と悶々としていた。バブル崩壊後の日本の混乱も懸念したような過去の教育の弊害が如実に現れたものと思っている。未曾有の難関にぶつかった時,原点から自分達でストーリーを組み立て,大いに議論して 道を作り出して行くという力を備えていない非力な世代のとまどいの結果であったとは言い過ぎだろうか。自分の経験から有機合成家は職人的で戦略的に思考することが苦手のようだと思っていた。しかし有機合成化学協会の活動に参加し,意外にも(失礼!)有機合成の達人達が緻密な戦略に基づき研究してきたことを知った。それだからこそノーベル賞にも到達する人達が現れたのであろうと思う。

 第三の懸念は企業人として迎えたオイルショックである。環境問題と表裏一体の資源問題は将来当然生じる大問題と環境少年には認識されていた。当時石油が暴騰したのは自然で,地球のためにもまた後の人類のためにもある程度上昇して行くことが望ましいと思った。決して成長することのない地球と増え続け贅沢になり続ける人類の崩れ行くバランスの問題であり,今生きている人類の幸せとこれから誕生してくる人類の幸せとのバランスの問題でもある。進歩と成長が大好きで賢すぎる人類という我々。そのくせ少しばかりの需給の緩みに錯覚し,石油がやがてなくなるという,これほど確実な事実にも目をつぶってしまう我々。いよいよ需給バランスの崩れは本物になってきた。「世界経済の成長を抑える懸念があるから産油国に増産して欲しい」と言う先進各国トップの発言はあまりにも刹那的に過ぎはしないか。産油国は国益のため子々孫々のために貴重な自国の資源を出し惜しみするのが当然ではないのか。2000年の本誌2月号巻頭言で奥彬教授が述べておられるとおり,世界中が貴重な資源をなるべくリサイクルするようにしようという方向へ行って欲しい。最近電子部品に使用される高分子の理想的なリサイクルが進んでいるという。喜ばしいことだ。従来培ってきた日本の省エネ技術が今輝きはじめているという。いずれにしても化学に携わる我々は革新的技術の開発と知恵の積み重ねによりこの間題を軽減する大役を担っていることは間違いない。

 多くの学協会や業界団体が縮小均衡にある中で有機合成化学協会は傑出した諸先輩方のお蔭をもってオアシスのごとき存在になり,元気を維持している。私は本協会の活動に参加して日が浅いが,副会長の大任を仰せつかった。少しでも何らかの貢献をしたいと念願している。

(2004年8月9日受理)
ページ更新日
2011年11月7日