公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

Road Map to Success
成戸 昌信


 事故につながるミスの出現率(失敗確率としましょう)が片側で1000分の1とすると,2者間で事故の起こる確率は100万分の1となります。ダブルチェックで事故の出現率を低下させたり,不良品率を低くする品質管理の考え方も同様のチェック機構で成り立っています。失敗の重なりさえなければよい世界では,事故をなくす,すなわち成功するためには小さい失敗確率のステップをさらに「かけ算する」ことが普通です。

 一方,医薬開発は成功の確率が小さな世界です。医薬探索の有機合成化学者は,たくさんの化合物を合成してもなかなか望み通りのプロファイルをもった化合物に巡り会えません。何年か頑張ってgood luckやserendipityも手伝ってせっかくすばらしい開発化合物ができても,それが臨床試験を通過してクスリになる確率は平均10%程度と言われています。仮に研究から承認にいたる過程に10%の成功確率のステップが2段階あると,通算の成功確率は1%にしかなりません。有機合成の通算収率と同じで成功の重なりが必要な世界です。ここでは話が全く逆になります。すなわち成功するためには成功確率の低いステップ同士の「かけ算をしない」ことが肝要です。実際には複数ステップのかけ算をしない訳にはいきませんから,「勝負どころ(医薬研究の重要部分)」以外のステップの成功確率を上けることが重要になります。

 既知メカニズムの合成医薬の場合,勝負どころは特許性があり優位な性能をもつ化合物の発見ということになります。世界的には非常に多くの医薬がこのタイプで,コンセプトは新規ではありません。しかし,独自のアイデアによるすぐれた特長さえ持たせれば他のステップの失敗確率は低いため,医薬になりやすい面があります。いくつかはブロックバスター医薬となって年間数千億円を売り上げ,医療上の大きな貢献をしています。日本では「ゾロ新」などと,やや卑下する傾向にありますが,欧米医薬企業は優れた点をイノベーションとして主張します。

 バイオ医薬がリスクの固まりかというとそうでもなく,勝負どころ以外ではうまく他の情報,既存の技術,既知の開発手法など高確率の要素を組み合わせていることがわかります。成長ホルモンやインシュリン,造血タンパク質医薬,最近では抗体医薬などでは,臨床開発について合理的にある程度以上の成功確率を予測することができます。従って,クローニングこそが勝負どころとの確信があってチャレンジしたと見られます。

 新しいことにチャレンジして,アイデアと情熱を注ぎ込むことがブレークスルーの生まれる必要条件です。アイデアとチャレンジが果実につながるには,自分のチャレンジする「勝負どころ」を絞り,それ以外の利用できる情報,技術,ノウハウは「先例:precedent」として他から取り入れる,あるいは前後のステップの得意な他者と共同することを考えるのが賢いやり方ということになります。先例の取り入れ,自前主義の排除,他者との提携,産官学の共同などはこの考え方です。

 ベンチャー企業はイノベーションへのチャレンジを標榜し,「リスク」に賭けているように見えますが,独自技術に賭ける一方,いかに「リスク管理」をして他の情報やノウハウを取り入れ失敗確率を下げるかに血眼になっています。それ故,アントレプレナ一達がベンチャーキャピタルから資金を集められるのです。ベンチャー企業に限らず,大学での過去の多くのすばらしい科学的業績を見ても,成功した科学者の多くは周到に集めた情報を利用した上で極めてシンプルな勝負どころにチャレンジしているように見えます。

 要は「成功への道筋」(Road Map to Success)をいかに明確にシンプルに描けるかです。若い研究者は往々にして自分の経験と範囲でのチャレンジだけにこだわって,他のステップにまで目が向かず,詰めの甘さが残るために,結局成功までの道筋の途中で挫折することがあります。視野を広く,視座を高くして,Road Map to Successを明確にシンプルにしかも自分が勝てそうに描くこと,そして自分の勝負どころの研究に熱く独創的にチャレンジすることが重要だと考えています。

(2004年9月29日受理)
ページ更新日
2011年11月7日