公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

ファインケミカル企業の課題
佐藤 幸蔵


 最近,ファインケミカル企業の方々がよく相談に来られる。異口同音に仕事が減った,将来が見通せないとおっしゃる。確かに業績の数字を見るとどこも厳しい状況で,政府が言うような景気の回復基調は見られない。それではどうすればよいのだろうか。日頃から思っていることを少し述べてみたい。

 まず視点であるが,大きく3つあると思う。1つはファインケミカルスの需要喚起,次は競争を勝ち抜くための差別化技術の構築,そして最後は経営と人材の問題である。1つ目の需要喚起であるが,現在の複雑な経済構造の中でファインケミカルスだけ需要を掘り起こすのはそう簡単ではない,日本の産業全体の景気回復が必要であろう。しかし,目を国外に向けるといくつかの可能性が見えてくる。例えば,お隣の中国は2008年の北京五輪と2010年の上海万博に向けて大きな成長が間違いなく見込める。既に中国に進出しているファインケミカル企業も多いが,その多くは中国国内の安い人件費と原材料を使って日本国内では実現できない低コストでケミカルスを製造し国内に持ってくるという戦略である。その場合,地元で若干の雇用は創出できるが,利益はそっくり日本に持ち帰ることになる。そうではなく,中国国内のニーズに目を向け,利益を中国に還元し,中国の成長・発展に協力するという価値観が大切だと思う。鉄鋼を始め電子部品や工作機械などは中国向けの出荷が極めて順調で国内の空洞化を相殺していると聞く。石油化学製品も同様で,国内14のエチレンプラントのうち3,4カ所は中国輸出だけで成り立っている計算になるそうだ。ファインケミカルスの分野でも中国の発展に貢献することは十分可能だと思う。韓国,台湾を始め東南アジアの諸国についても同じことが言えよう。

 二番目の差別化技術であるが,概して日本のファインケミカル企業は金太郎飴体質である。どの企業もそれなりのことは一通りやれる,しかし特徴がない。真の差別化技術があれば国内でも十分成長できるはずである。中国国内での製造も,品質だけでは現地の企業にコストで勝てない。品質と同時にコスト競争力を付加する必要がある。それを可能にするのが「先端有機合成技術」であり,技術立国日本が持続的に成長するためにはこれが必須である。中国のファインケミカル企業はこれまで品質と環境対策をあまり重視していなかった。最近は中国政府の指導で対策を取り始めたがまだまだ遅れている。これは日本企業にとって追い風である。環境に負荷をかけない合成技術,アトムエコノミーやエネルギー効率の良い合成技術が差別化技術になる。膨大な量の硫酸を使うニトロ化やスルホン化,化学量論量のルイス酸を使うフリーデルクラフツ反応,位置選択性の悪い芳香族求電子置換反応,回収再使用のできない有機溶剤をたくさん使う反応などは前時代的な反応で,まさに代替技術が望まれている。昨今,GSCの研究が盛んになってきている。しかし,アカデミックな視点ではいくつかの進歩が見られるが産業界で利用するには未だ完成度が低い。産と学が協働して量産化に適用できる技術にまで高めていく必要があろう。

 第三の課題は企業の経営と人材についてである。最近,多くの企業が「死の谷」と言われる深刻な問題に遭遇している。これは研究開発と事業化との間のギャップであるが,三菱総研によれば「死の谷」克服のポイントは人材にあるという。企業戦略に立脚した技術経営(MOT)ができる人材,研究開発と市場開拓を結びつけられる人材そしてマクロ経済の流れや技術動向を的確に読み取って経営戦略を立案できる人材がどれだけいるかが企業の生命力になる。中国,台湾では20歳代でアメリカの一流ビジネススクールに留学し,経営的素養を身につけて母国に戻り起業するケースが増えている。

 日本の有機合成研究者にも経営的センスを身につけて欲しいと思う。広い視野を持ち,時代を読み,ユーザーニーズを先取りできる資質を身につけて欲しい。そのような研究者が多く育ち,近い将来彼らが企業の経営に携わるようになれば日本の有機合成化学の未来は明るいものとなろう。日本のファインケミカル産業と有機合成化学の持続的発展を期待して止まない。

(2004年1月26日受理)
ページ更新日
2011年11月7日