公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

魔法のような分子ナノテクノロジーをめざして
川合 知二


 有機合成の発展の歴史は,まさに巨大分子,超分子,バイオ分子への大展開といえるだろう。私が,まだ,学生のころは有機電子論なるものが成熟しつつあり,それに基づいて,さまざまな比較的小さな分子の合成法が開発されていた。その後の合成化学の歴史を眺めてみると,より複雑な分子を作り上げ,並び上げる科学技術に大きな関心が持たれている。

 生体では,室温で,さまざまな高機能物質を合成している。酵素の触媒作用,分子レベル情報を巧みに使ったRNAの反応,たんばく質同士の鍵と鍵穴のごとき反応などを利用してさまざまな分子が合成されていく例は枚挙にいとまがない。これらの反応が室温,1気圧,水の中という温和な条件下で行われ,巨大分子・超分子が合成され,さらに驚くべきことはそれらが整然と並べられ配列されていく。ナノスケールの有機合成が行われ,合成された分子が自己集合し,自己組織化し,ナノスケールから,マイクロスケールヘそしてメートルサイズのシステムが完成する。まさに分子ナノテクノロジーの粋を集めた合成化学と有機組織体の科学が展開している。

 ドレクスラーは,創造する機械という本を書き,その中で,アセンブラーという装置を提唱した。アセンブラーに原料を入れると,様々な分子がつくられ,ナノコンピュータにより制御されたレプリケ一夕によって望む製品ができてくるというものである。肉や,乳製品だけでなく,自動車や飛行機までが造られていくという。当然,まともな科学者からは多くの批判を受けたが,これがアメリカのナノテクノロジー国家戦略(NNI)を動かした原動力になった。このようなアセンブラーを用いて,人が,自由自在に望む物質を合成していくことはいつか可能になるだろうか?

 いま,ナノテクノロジーの世界ではアセンブラーのように自由自在に分子を操る有機合成化学者に熱い目が向けられている。知恵を結集し,さまざまな分子を合成しそれを3次元に組織化する科学技術。この魔法のような分子ナノテクノロジーを実現する旗手として有機合成分野の化学者には大きな期待が寄せられている。

 図は,物質・材料・デバイス・システムの科学の発展をサイズという観点から見たものである。より小さくしていくトップダウンの方向と原子分子を組み上げ,より複雑で高機能にしていくボトムアップの方向の合流点として,ナノメートルの科学と技術が重要となりつつあることがわかる。特にこのボトムアップの方法は,今後,その重要性はますます高まるだろう。生物学の原理,物理学の法則にのっとり,化学的性質との調和と活用を図った新しい材料・デバイス・システムがつぎつぎと出現し,21世紀の世界をリードしていくと思われる。本特集は,この大きな時代の流れをリードする一歩と位置づけられる。

(2007年2月24日受理)
ページ更新日
2011年11月7日