公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

雑 感
田口 武夫


 文部科学省が1月に発表した高校生の学力テスト結果によれば,理科4科目と数学の正答率が同省の期待よりも大幅に低いものであった。さらに,各教科の受験者に対するアンケートでは,理数系教科に対する思い入れが文系教科に比べて弱く,特に化学嫌いは化学を選択した学生のほぼ半数であった。数学や物理や化学が入学試験や就職試験に関係なくても大切かの問いかけに対して「そう思わない」が43%にも達している。これらの教科に関連する事柄に対して知的好奇心というか関心を抱くことが少なくなっているのであろうか。いずれにしても高校生の理科離れがますます進んでいるのが実状のようだ。大学で卒論生や大学院生とともに有機合成研究に長年携わってきたが,この結果は今後に一抹の不安を抱かせるものである。理科離れの歯止め役の決め手は何であろうか。理数系教科に興味を持つようになるきっかけがあまりにも少ないことが問題のひとつであろう。日本化学会など関連学会の音頭取りで中高校生を対象にした実験教室の開催など化学の面白さのキャンペーンや,大学の入試広報の一環としての受験生や高校の理科担当の先生を対象にした体験実習や高等学校へ出向いていっての模擬授業,さらには産学との連携を取り入れたスーパー理系高校の設置など種々の動きがあり,それぞれを大切に発展させていく必要があろう。

 高校時代を振り返ってみた。数学や物理は公式を学び,これらを駆使し計算を行って問題を解いていく。論理的に考えを巡らし,模範解答をみて答えが正しく導かれたとき成功感にひたる。費やした時間と難易度が満足度を決める。一方,化学は暗記することが多くて必ずしも座学としては面白くない。周期表を丸暗記し,金属イオンなどの色を覚えたり,水に溶けるとか沈殿するとか,色が変化するとか,それらを化学反応式で表してみるとか,大部分が実態のないところで暗記していく。中高一貫の進学校であったが,高校三年の2学期に無機化合物の金属イオンの定性分析の実験が課外授業として土曜日の午後,4回に亘ってあった。参加したのは15名程の希望者だけであった。すごく面白かった。まずは,教科書で習ったいくつかの定性反応を自分の目で確かめ,同時に実験に慣れていく。そして,いくつかの金属イオンを混合した未知検体の入った試験管が渡される。まわりの仲間の実験の様子も気になりながら夢中になって実験を行った。1回では終わらない,つぎの土曜の午後が待ち遠しい。この実験教室はいつもの授業とは全く違って新鮮であった。また,染料のことが教科書に出てきたとき,先生が教卓でデモ実験を行った。まず,染料をつくり,白いハンカチをやや汚い色合いの赤色に染め上げた。吸い込まれるように見ていた。

 ここにはいくつかのポイントがある。まず,受験向けの全員を対象にした正規の授業とは別にエクストラの実験教室を企画したり,折りに触れてデモ実験を取り入れてくれた化学の先生の熱意とアビリティーがあげられる。義務感ではなく使命感である。また,実験に参加したのは希望者であって全員ではない。受験に向けて追い込み間近ではあったが,義務からではなく,好奇心からの参加であった。実験はひとりで行い,回数は4回,実験テーマはひとつ,じっくり取り組んだ。勿論簡単な手作りの実験書は渡されているが,自分で調べる ,とくに未知検体の分析に入るといろいろ想像をめぐらし,周りの仲間とそれぞれの状況についての情報交換をしながら考える。最終的には自分で答を出し,それを先生に伝えるとき緊張が走る。さらにここには,点数化されるテストはない,気楽である,ますます楽しめる。このような体験から実験の面白さに大変引かれることになり,さらに大学で化学科に進んで物を創ることへの興味と就職先をイメージして有機合成化学へ進むことになった。

 今の中学,高校生にも昔わたしが経験できたあのような機会があってほしいと思う。それは必ずしも化学への興味を芽生えさせ将来の産業の担い手の育成に限ったことではなく,大学へ進学することの意味を感じ取ってもらうことであり,産学が中学高校と連携して取り組んでいかねばならない緊急の課題と考えている。有機合成化学協会も何らかの形で関わっていくことができるのではないでしょうか。

(2004年4月19日受理)
ページ更新日
2011年11月7日