公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

独自の分野を切り拓く勇気を
玉尾 皓平


ふしぎだと思うこと
  これが科学の芽です
よく観察してたしかめ
 そして考えること
  これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける
  これが科学の花です

 これはノーベル物理学賞受賞者の朝永振一郎博士が当時京都市青少年科学センターのために書かれた色紙のメッセージである。瑞々しい純正科学の花を育てる若者がたくさん育ってほしいとの気持ちが込められた美しい言葉に心が洗われる思いである。

 国は2006年度から始まる第三期科学技術基本計画の策定に取り組んでおり,その最重点課題のひとつに「人材育成」が挙げられている。大いに賛成である。ここ10年近く「競争的環境下での基礎研究推進」という一見矛盾したような標語のもとで科学技術政策が進められてきた。一見矛盾したような,と書いたのは,評価が前面に出た競争的環境下で基礎研究というものが本当に推進できるのであろうかとの疑問が消えないためである。そして,競争的環境下で基礎研究を推進し国の将来を担うような人材が育つだろうか,と。その意味で,第三期五カ年計画に人材育成が盛り込まれ,これらの危惧を払拭してくれるような政策が宴行されることを大いに期待するものである。

 人材育成にはいくつもの段階があるが,研究者育成の面で現在二つのことが気がかりである。現行の第二期五カ年計画での科学技術政策としてライフサイエンス,情報通信,環境,ナノテクノロジー・材料のいわゆる重点4分野が重要課題としてあげられていることは周知のとおりである。第一の心配は,この4分野でなければ成果が認められないのではないか,研究費が確保できないのではないかとの考えからか,例えば何にでも「ナノ」を冠したような時流に乗った研究が多くなっているように思えることである。もうひとつは,大学の人事面でもこの傾向が多く見られ,純正科学的基礎研究を行う研究室が大学から減りつつあるという点である。このままでいけば,10年後20年後には化学の分野でも基礎科学の空洞化がおこり,科学技術創造立国を目指す我が国の科学技術の発展はおろか衰退すること必至の情勢と心配するのは筆者ひとりではあるまい。

 しかし楽観的に見れば,この重点4分野偏重傾向は第二期五カ年計画の単なる誤解からきているのではないかとも想像される。実は,第二期の戦略的重点化項目の第一位に挙げられているのは「基礎研究の推進」であり,重点4分野は第2番目である。われわれみんなが,「基礎研究の推進」が実の最重点課題であることを再認識すれば,研究面でも人材育成の面でも軌道修正できるのではないだろうか。とりわけ,われわれ有機合成化学者は,有機合成化学こそが物質科学の最も基盤的学問分野であり,むしろ重点4分野を先導しているのだ,というくらいの共通認識と自信をもって基礎研究に取り組むべきではないかと思うのである。

 この競争的環境下での研究推進と人材育成を如何に正しくかつ効果的に進めるかについて,文科省の各種委員会で議論が重ねられている。そのひとつとして科学技術・学術審議会の中に学術研究推進部会が2004年夏に新たに設けられ,競争的資金と基盤的資金とをバランス良く配するデュアルサポート方式の重要性とその割合は如何にあるべきか,などが集中的に議論されている。なぜか筆者はそこの専門委員を仰せつかった。全学間分野20名ほどの委員のうち化学者は一人だけというような委員会であるが,基盤的学問分野である有機合成化学の萌芽的基礎研究を恒常的にサポートできるような仕組みの導入の可能性なども議論していきたいと思っている。

 競争的環境下という厳しい状況であるからこそ,基礎研究の重要性を認識し,時流に流されることなく,独自の分野を切り拓きリードする気概をもった若い研究者の輩出を大いに期待したい。新しい分野を切り拓く勇気とそれに伴う緊張感が瑞々しい研究を持続する最大の要素であると信ずる。

(2004年11月19日受理)
ページ更新日
2011年11月7日