公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

若き有機合成研究者に期待すること
伊関 克彦


 「日本の物作りの危機」が叫ばれて久しいが,有機合成化学の研究・技術においても同様の危機があるように感ずることが多い。確かに日本の有機合成化学,有機化学の学問としての研究水準は,野依良治先生のノーベル賞受賞をあげるまでもなく,たいへん高い。しかし,その成果を実用化する点ではどうなのであろうか。主に創薬研究に携わる企業研究者として歩んできた私の痛感するところは,構造式がフィックスした開発候補化合物をどう作るのか,どう効率的に合成するかにかけては相当長けているように思うが,「何を作るのか」についてははなはだ心もとないという思いである。創薬におけるヒットや,リードを創出する方法論の研究においては,欧米に先行されている。有機合成化学に従事する研究者は数も多く,しかも有機合成化学のみならず有機化学全般を理解し,十分な能力を発揮できる研究者集団のはずである。有機合成化学協会で「どう作るのか」のプロセス化学に関する企画を実施すると,必ず盛況となり関係者として感謝に堪えないが,「なにを作るべきか」についても,若い有機合成研究者はもっと関心を持ち,力を入れてほしい。

 私は創薬研究を指導する立場にあるが,夢と情熱と忍耐力とセンスを持った研究者をひとりでも多く,いかなる手立てで確保,育てるかが一番の課題であると感じている。本誌2003年12月号の巻頭言で今本恒雄先生が「研究者に必要なセンス」についてお書きになっていらっしゃるが,私なりに解釈すれば,論理的思考法に裏打ちされた斬新かつオリジナリティーの高い発想・アイデア,目的に適った実験計画,そしてその精緻な実行の上に存在するセレンディピティーを逃さない感性が,「研究者に必要なセンス」に相当するのではないかと考える。

 物づくり研究は総じてひとつの専門領域だけでは完成できない。創薬研究も探索合成,薬理,プロセス化学,製剤,毒牲,薬物動態の各専門家の共同作業である。最近良い意味での「おせっかい」が少なくなってきたように思う。自分の専門領域に関してはしっかりやるが,連携相手に対してはうまくいっていようが,まずかろうが直截的に意見を言わず,無関心を装っているようにも見えることさえある。よほど運がない限り,これではプロジェクトは成功しないと思う。互いの領域に踏み込み,侃々諤々の議論をやり,必死に打開策を考え抜いてこそ,成功への突破口が開けるものと考える。創薬について言えば,90年代半ばから隆盛を極めた欧米メガファーマ式の巨大ライブラリーとハイスループット・スクリーンだけでは良い薬を生み出すことができないことは歴史が証明しつつある。最近,“小粒でもぴりりと辛い”ではないが,中小製薬メーカーが良い薬を出して善戦しているケースが目にとまる。若い創薬合成研究者の皆さんにはぜひ新しいリード化合物創製法の開発に果敢に挑戦してほしい。

 私の有機合成化学協会在籍歴は30年を超え,編集委員と事業委員を経験させていただいている。有機合成化学協会の個人会員には大きな特典がふたつあると思う。「有機合成化学協会誌」は有機合成化学に特化した優れた二次情報誌であり,多くの古参会員が家の床が抜けるくらい膨大な「協会誌」を永年愛蔵しておられる話はよく伺うところである。限られた時間に大学や企業の図書館で閲覧することでは得られない魅力,座右に置き,お茶でも飲みながら,気軽に繰り返し読むことで得られる魅力を持っているのだろう。編集委員時代に苦労したことだが,「協会誌」の性格上,もう少し総説とラウンジ欄を増やしたほうが良いように思う。

 ふたつ目の特典は,有機合成協会主催のイベントが数多く実施されており,個人会員がリーズナブルな費用で参加できることである。有機合成シンポジウム,有機合成講習会,有機合成懇談会,見学会,新春特別フォーラムといった事業活動を行っており,おかげさまで盛況である。創薬,材料開発やプロセス化学といった分野から数多くの研究者が集まり,異分野,異業種の研究者とコミュニケートする中で,新たな発想のヒント,あるいはビジネスチャンスが生まれるのではないだろうか。有機合成化学を目指す若き研究者には,個人会員として人会され,「協会誌」を座右に置き,新しい仲間を作っていただきたいと念じる次第である。

(2005年10月3日受理)
ページ更新日
2011年11月7日