公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

有機合成化学と芸術
高垣 秀次


 学生時代に有機合成化学を専攻して,つくづく良かったと思う。有機合成化学は面白い学問である。基礎的な理論背景を学び,有機化学実験の演習を行えば,後は基本的に何でも出来るのである。しかも,今まで世の中に存在しない新規化合物をも作ることが出来るのである。

 一方では,世界の最先端の研究者たちの有機合成における新反応の開発,困難な合成化合物への戦略的合成論等,その研究者の膨大な知見と,深耕の深さに基づく研究成果は自然科学の崇高さを感じさせる。また,彼らの報文を読み,講演会等での話を聞くと,研究戦略の見事さ,スマートさの中にある種美的ともいえるものがある。さらに,若いときからの研究の流れを見ると,どこか一本芯があり,その人自身のものの考え方や人生観が感じられ,哲学的であり,芸術的な香りさえも感じる。

 考えてみると,有機合成化学は科学の一分野であり,科学や芸術は古代ギリシャにおける哲学から派生したものである。哲学とは,もともと臆見や迷妄を超えた真理認識の学問一般をさし,ここから実証主義的な自然科学が分化して来ている。博士号をPh.D.(Doctor of Philosophy)と称し,それがギリシャ語の知恵への愛・希求の意を表すphilosophiaから来た言葉であることを考えるとうなずける。

 若いとき,楽焼の茶碗を観た。父が骨董市で買ってきたものである。確か楽家7代目である長入の黒楽の筒茶碗と,光悦の赤楽茶碗であった。筒茶碗は楽家代々の洗練された技巧に加え,長入の作風としての丸みのある大振りなおとなしい作品であった。一方,光悦の作品は一見,洗練された技巧には見えなかったが,作品そのものは奥深い味わいがあり,非常に感動した覚えがあった。

 因みに,光悦は,代々刀剣の鑑定で有名な本阿弥家に生まれた。江戸初期の寛永の三筆の一人であり,当時を代表する茶人であった。作陶は,60歳過ぎから樂家2代目常慶と3代目道入を師として始めたと記されている。

 光悦の茶碗に感動したのは,その作品が作陶を楽しみ,興の趣くままに作られていると感じられたこと,また,光悦自らの美意識・感性が十二分に発揮されたものとして感じられたことからであった。「一芸に秀でるものは多芸に通ずる」とは言うものの,根底には「すきこそ物の上手なれ」であり,芸術は「心」であると痛感した。

 さて,有機合成化学は芸術分野における陶芸に似ていると感じているのである。

 芸術分野は主に音楽,絵画,彫刻,工芸(陶芸,彫金,漆芸,染織等)に分けられるが,音楽,絵画,彫刻は鑑賞という言葉に表されるように,人の感性に訴えかけ,情緒的,美的満足をもたらすものである。しかしながら,陶芸を始めとする工芸は,これ以外に,人の生活必需品から,より便利な物,より美しく楽しむ物への探求が機能美として足され芸術として昇華したものである。

 一方,自然科学の分野は数学,物理,化学,生物学,天文学,地学等があげられるが,化学には他の分野と異なる部分がある。即ち,化学は物質の合成,構造,性質や物質間の相互作用,相互変換を研究する学問であるが,有機合成化学は,物質の合成を中心とするところに特徴を有する。無論,有機合成化学は他の分野と同様,実証主義(科学的な命題・仮説・理論は,経験的事実に基づいて構成されるべき)の学問であるが,その手法により,社会生活に意味をなす物質を誕生せしめるのである。

 有機合成が関わる生産物は,衣食住,医農薬,交通・通信手段その他あらゆる場面で日常的に活用され,最近では,そのひとつである情報記録材料等の機能性物質の果たす役割も非常に大きい。さらに,環境問題等の,経済社会活動へ影響を与える側面へもその力が大いに必要とされている。

 冒頭に述べたように,有機合成化学は面白い学問である。先の陶芸と同じように「物づくりの楽しみ」を味わえる学問であり,社会の中で自分が役に立つという実感を持ちやすい出口の広い学問である。

 芸術における美意識・心と同じように,初心者としていろいろアイデアを凝らすもよし,またプロとして自然科学を究めるのも一法である。「好きこそ物の上手なれ」である。有機合成化学を通じて自分なりの人生観・哲学を見つけられ,自らの研究思想の表現が出来たら最高である。大いにこの学問を楽しみたい。

(2005年1月5日受理)
ページ更新日
2011年11月7日