公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

有機合成反応
奈良坂 紘一


 今日,有機合成化学は様々な研究領域と密接に関係し,天然物科学や生命科学から始まり,機能性化合物をはじめとする材料科学,さらに基礎有機化学から環境科学まで及んでいる。従って,関連諸分野との協調なしには,有機合成化学の今後の発展は望めないであろう。

 このような状況を踏まえると,有機合成化学に限らず様々な研究領域において,その細分化や専門化が急速に進むとともに,研究者の他分野への関心が薄くなっていくことに筆者は若干懸念を感じている。各研究領域が深化・発展していくことは重要であるが,あまりにその分野の価値観だけで物事を見るようになっていないか,自分も含めて考えさせられることがある。周囲の研究領域の価値観を理解することは,自分の研究を深化させることに大いに役立つのではないかと思う。

 自らの研究領域の問題点を十分に理解して,独創性に富んだ研究を行うことが第一であることは,論を侯たない。一方で,その研究が他分野にどのような波及効果をもたらすか考えてみると,思っても見なかった問題点を掴めるのではないだろうか。自らの研究をレベルアップするためのヒントが得られることもある。同時に,自らの研究が他分野から見て,どのような価値を持つ研究か,考えてみることが大切であろう。少なくとも自分の両隣の研究領域の価値観程度は考慮に入れて,自らの研究を磨き上げていくことも大切であると思う。  例えば,有機反応開発に携わっている研究者は,天然物合成や機能材料合成に適用するのに充分使い勝手の良い反応へと改良しない限り,なかなか利用してもらえない。一方,基礎有機化学的に認めてもらうためには,一般概念として定着するように,多方面から解析を行うことが必要であろう。

 さて有機合成化学協会誌本号では,「新反応,新触媒,新反応場」が特集として取り上げられる。新しい合成反応や革新的な反応剤の開発は,有機合成化学の考え方に大きなインパクトを与える。筆者も長く有機合成反応の開発に携わってきたが,合成反応の開発についてひとこと言わせてもらいたい。講演会などでもしばしば「新反応」という言葉を耳にするが,いささか疑問に思われる場合が多い。筆者の助教授時代に,スイスETHのEschenmoser教授と2人で話をする機会があった。同教授は,New Reactionの洪水にさすがに思うところがあるようで,「New Reactionはアルケンメタセシスが無い時代に,そのような反応を見つけたときにだけ使える言葉だ」とこぼしていた。話の最後に,「本当の意味のNew Reactionを見つけるように」と言われた。新反応は,少なくとも何らかの新しい概念が織り込まれた反応にしか使えない言葉であると思う。少しの改良を加えて選択性や反応効率を向上させたり,他の研究者の見つけた反応を応用しただけの○○化合物の新合成法などは,新反応の部類に人らない。偶然にしろ必然にしろ,いつ出くわすかわからず,大変な忍耐と努力が必要であるが,目先に捕らわれない合成反応の開発を絶えず目指すべきであろう。

(2005年2月25日受理)
ページ更新日
2011年11月7日