公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

科学・技術の創造性
井澤 邦輔


 25年以上も前のことである。私は会社から米国MITに留学する機会を与えられた。研究毒はBüchi教授の天然物化学の部屋で,アルカロイドの全合成テーマを与えられた。自分なりに3つのルートを考え,先生の部屋にその案を持っていった。最も自信があったのは,金属触媒カルボニル化反応を組み込んだルートであった。日本で同分野の研究歴があったからである。Büchi先生は“このような反応を研究しているグループがあるか”と聞かれた。私は直ちに“北大の伴,森先生のグループで類似の研究をしています”(だから間違いなくこのルートで合成出来ますとの意味を込めて)と答えた。“ではやりなさい”との回答を期待したが,先生のコメントは全く逆で“それではやめなさい”であった。他人が少しでも似たようなことを行っている研究は絶対許さないという強い口調であった。

 しばらくして,同じMITにおられた正宗悟先生を訪れ,不躾にも“先生はテーマを多く変えて来られたようですが,どのようにテーマを決められるのですか’’と訊ねた。正宗先生は“自分はいつもその時点での化学の力では合成出来ず,もし成功すれば学術的インパクトが大きいものを選んでいる”と答えて下さった。

 この2つの出来事は自分のその彼の研究に対する考え方に大きな影響を与えたことは言うまでもない。会社に戻り,新たなる研究をスタートしたが,常に誰もやっていないことをやりたいという気持ちが先行し,誰かが“この反応はうまく行かない”と聞くと,すぐに何とかしたくなる。企業の研究としては,時間もかかり,成果も図りがたいので余り推奨できないかもしれないが,創造性というのはそういうところから産まれるのではと思っている。

 最近,日本の大学院教育の問題点を耳にする。私も同様に大きな危倶を抱いている。大学院を終え,入社してくる人に新テーマを提案して貰っているが,そのトレーニングがされていないのか,かなりの割合の人がテーマを考えろと言うと戸惑ってしまう。大学院時代に沢山の論文を出している人に論文を書かせても書けないことが多いのも問題である。博士課程の修了者でさえ,論文を書けない人がいる。批判を恐れずに言うと,この状況は大学の教官が大学院生を教育するのではなく,高級テクニシャンのように扱い,実験に専念させるあまりに,自分でテーマを考えさせたり,論文を書かせたりすることを疎かにしていることから生じたのではないだろうか。

 確かに,論文の数や,最近では特許の数まで評価の対象になり,教官が学生の手を借りてまで自分の論文を増やさざるを得ない状況にあることは同情に値する。また,それが学生の教育にもなることも事実であろう。しかし,本来,教育が大学の最重要課題であり,その部分を無視して研究の手伝いだけをさせることに問題意識を持つ。少なくとも博士課程の学生くらいには,世界で誰もやっていないようなテーマを考えさせる時間を与えて欲しい。1つの後追いに近い実験を行わせるよりも,じっくりと時間がかかっても自分で論文を書く訓練をさせて欲しい。自分で論文を書くことにより,論理構成力が培われることを一番ご存知なのは大学の教官の方々だから。

 自分で考え,テーマを提案し,きちんと論文が書ける能力があれば,実際に1つも論文が出ていなくても企業はその学生を高く評価するであろう。当面の日本全体の総論文数は減るかもしれないが,将来それが日本の科学・技術の創造性を高めることになると信じて疑わない。

 文部科学省にも研究だけでなく,学生教育も大学評価システムに含める動きがあると聞くが,是非進めて貰いたい。当然のことながら,世界に類のない技術・製品の創造なしに企業の発展はあり得ない。企業での研究者教育も疎かにすることは許されない。自戒しつつ筆を置く。

(2005年3月29日受理)
ページ更新日
2011年11月7日