公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

日本の有機合成化学の将来
鈴木 國夫


 私どもが有機合成化学の魅力を若い研究者に伝えるために,「万有シンポジウム」を開催して早17年になります。その間,札幌を最初として,仙台,福岡と名古屋メダルの各シンポジウムを始めさせていただきました。今では,これら4つのシンポジウムに,毎年1500名以上の方々が集い,有機合成化学の現状や将来について活発な議論や情報交換が行われています。私は,これらシンポジウムを通して日本の有機合成化学の実力と活力をこの目で実感することができました。昨年,22年ぶりに日本で開催されたICOS-15に,名古屋メダルを併催した形で参加させていただきましたが,向山先生らのご尽力により日本で初のICOSが開催されて以来,日本の有機合成化学が世界をリードする段階にまで到達したことは誠に喜ばしい限りです。

 現在の我が国の有機合成化学は他の学問分野と比べて圧倒的に高いレベルにあり,日本人研究者が国際的にひけを取らない一流の研究をやっていることは大変誇るべきことです。しかし同時に,現状をさらに発展させ今後も世界の有機合成化学をリードしていくために,日本の果たす役割は大きく,今まで以上の努力が必要です。

 一般に,有機合成化学は,新しいマテリアルや新薬を創出するベクトルと,基礎の理論や新しい合成法を開拓するベクトルの両方向の流れを持っています。前者のベクトルは,創る喜びと同時に社会的インパクトが大きい魅力があり,また,後者のベクトルでは,知る喜びと同時に学究的インパクトが大きく遣り甲斐のある分野です。有機合成化学は,いろいろな科学の分野の中でもコア学問だと言われています。今後,有機合成化学を駆使して,新しい化合物の創出と同時に自然界のメカニズムがますます解明され,その成果が社会に還元されていくことが期待されます。また,特に,日本の今後の活力を考えた場合,重化学工業から精密化学工業への流れは必須であり,その観点からも,有機合成化学の果たす役割は非常に大きいと思われます。

 しかし残念ながら,有機合成化学は,他の科学分野に比べてダイナミックな発展に欠け,スピードが遅い学問と誤解される向きがあります。有機合成化学は,実験科学であり,他の科学分野以上にひたむきな努力による発見と実証が要求されます。このことが,有機合成化学を,その重要性の割には,比較的地味な学問と誤解させ,性急な成果を求める現代の多くの若者に,魅力のない領域と映る原因かもしれません。加えて,いわゆる3K(きつい・汚い・危険)の側面を持つ有機合成化学を,次の世代に誤解なく伝え,彼らに有機合成化学の其の面白さ・魅力を正しく伝えることは,現在の我々に課せられた大事な使命でもあります。

 近年,日本の大学院教育のあり方が問題視されていますが,今後国際化に向けて大学院,特に博士課程のさらなる充実も痛感しています。国際的にも通用する人材を育てるには,大学に責任を押し付けるばかりでなく企業側の協力も必要と考えています。我々は毎年シンポジウムを開催し,若い研究者に有機合成化学の重要性と面白さを少しでも伝えるため,できるだけ企業研究の現状についての紹介も行っています。具体的に有機合成化学がどのように社会に貢献しているかを知らせることは,若い研究者の関心を高めるのに大変重要であると考えています。

 一方で,日本の大学における講座制は,若い研究者をじっくり育てる上ではメリットがありますが,種々の問題を抱えていることも確かです。我々は,昨年から,日本の講座制に活力を与え,若手研究者に国際的視野と機会を与える意図から,40歳以下の研究者を対象にした“Merck Banyu Lectureship Award”を新設しました。昨年度,最初の受賞者に,シガトキシンの全合成などで創造的な研究をされた東北大学大学院理学研究科の井上将行氏に決定しました。同氏は,今年10月に米国のハーバード大などの有名大学で講演を行い,日本の若い優秀な研究者を海外に知ってもらうとともに,自身のキャリアーアップに加えていただく予定です。

 我々は,今後も,これらシンポジウムなどを通して次世代を担う若い研究者に有機合成化学の「夢」をできるだけ判り易い形で伝え続けて行きたいと願っています。関係者の方々の温かいご支援とご協力をお願いする次第です。

(2005年4月7日受理)
ページ更新日
2011年11月7日