公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

有機典型元素化学の来た道、往く道
川島 隆幸


 有機合成の手法として,遷移金属化学が大きな発展をとげ,様々な高効率,高収率かつ高選択的な合成法が開発されてきた。その背景には,化学がもたらした過去の負のイメージを払拭し,環境に負荷をかけない化学であるグリーンケミストリーへの指向がある。また,合成手法の長足の進歩と入手可能な試薬の種類の増大により,今や合成不可能な化合物はないと考えられるまでに至っている。このような状況下,何を標的分子に選ぶかが最大の問題となっている。

 さて,官能基導入法として有機合成を支えてきた有機典型元素化学は現在,典型元素そのものに注目する化学へと移行した感がある。四半世紀前には存在しないとされた第三周期以降の典型元素同士の二重結合化合物が相次いで合成され,昨年にはケイ素-ケイ素三重結合化合物も合成・単離されるに至った。鉛-鉛二重結合化合物は平面構造から外れた“trans bent”構造であり,単結合よりも結合距離が長いという特徴を有する。また,ビスマス-ビスマス二重結合は結合角が120°でなく90°に近いという特徴を示しており,従来の多重結合の概念を覆す結果となっている。典型元素全体を考えると,典型元素間の二重結合としては,むしろ第二周期元素間のエチレンやアゾ化合物が例外であるとすら思われてくる。今後,これらの構造的特徴を応用する研究が盛んになっていくであろう。

 カルベンの高周期類縁体である二価化学種については,ケイ素,ゲルマニウム,スズ,鉛のいずれもその合成が報告されている。ジアミノカルベンの化学は,Grubbs触媒などの遷移金属配位子として,高触媒活性をもたらしたことから,予想外の発展を見せている。その高周期類縁体を配位子とする遷移金属錯体の有機合成への応用については,今後の展開が待たれる。

 カップリング反応における,ホウ素,ケイ素,スズ化合物などは言うまでもなく,ラジカル環化やラジカル重合開始剤としての高周期典型元素化合物の有用性はますます高まっている。高度に設計されたルイス酸・塩基も,通常配位状態の典型元素化合物として,有機合成への貢献は多大である。

 一方,高配位典型元素化合物は,三中心四電子結合の概念を導入することで,その結合様式が理論的に解明された。種々の超原子価結合を安定化する配位子を活用することで,Wittig反応等の有機合成化学上有用な反応の中間体,あるいは遷移状態だと考えられてきた高配位典型元素化学種が,安定に合成・単離され,反応機構の研究に役立ってきた。また,高配位典型元素化合物自体は,配位数,族,周期の違いにより,多彩な構造や,特異な反応性を有することが明らかにされてきた。例えば,5配位ケイ素アニオン種は求核剤の攻撃を受け,しかも4配位中性化合物よりも反応が速く進行することなどが挙げられる。まさに,カーボンコピーの化学からの脱却である。

 有機典型元素化学の現状は,一般的特徴を有する第三周期以降の元素の化学を中心に研究され,共通する概念が導出されつつあると考えられる。これから求められるものとしては,第三周期以降の元素の化学で培った知見を,第二周期元素の化学にどのようにフィードバックしていくかであろう。第二周期元素の超原子価化合物の研究もその一つであり,最近では5配位ホウ素化合物の構造解析により「起承転結」の「起」は達成されたと言える。また,典型元素の配位数変化に伴う構造の変化を自在に活用した蛍光特性の制御や反応性の制御が研究され始めている。低配位典型元素化学では,活性部位の反応性をある程度維持させつつ立体的に保護できる遠隔的立体保護の概念の活用,さらには,適切なかさ高さの立体保護基の活用による反応活性中間体の反応の制御と応用などが注目されるであろう。多彩な典型元素間の組み合わせと,元素特性に応じた各化合物の構造,反応の多様性を考えると,「一つの鍵化合物から異周期または異族類縁体の合成を!」の実践が重要となる。有機典型元素化学には無限の可能性が秘められており,まさに機能性物質の宝庫と言える。このように,有機合成化学の裾野の拡大に,有機典型元素化学が今後ますます貢献していくことを期待してやまない。

(2005年6月24日受理)
ページ更新日
2011年11月7日