公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

私立大学の一現場から
勝村 成雄


“Creativity is a successfu1 curiosity.”

 これは久保田尚志先生の「素描」から拝借したワトソン博士の言葉である。私はこの言葉が大変好きである。

 さて,好奇心から始めた研究が,たまたま時流に合ったためか企業から声がかかることがある。いわゆる産学協同研究だが,知的財産管理部門(知財)を立ち上げつつある大学は,このような場合にこれまでのようには放っておいてくれない。私立大学教員の成果は大学の資産であるから,知財を通して管理しなければならないという訳である。特許に発展する可能性のある研究は前もって知財に相談するようにと言われると,好奇心から始まる研究に網がかけられ,何か絡みとられる感がする。本来,企業の理念が利潤の追求にあるなら,大学の理念は創造性の追求にあり,創造性豊かな人材の育成が大学の果たすべき役割と信じてきた。産学連携にしろ競争原理の導入にしろ,翻って考えて創造性の奨励であると思えば,その点に限っては許容できる。ところが,どれだけの権利を主張できるか,どれだけ事業化できる可能性があるかとなると,本末転倒ではなかろうか。大学では教育も研究も創造性に絶対的価値があると思っているのだが,いつの間にか社会への貢献という名の下に実用性の方が幅を利かせているように感じる。科学技術創造立国を目指すための大学の役割は,好奇心の育成ではなく,実用性や即効性の実現を図ることなのであろうか。

 私の大学では,教員1人1人が独立して研究室を運営している。32歳の専任講師も還暦を迎えた教授も学部運営に関する役割分担を除けば同じ職務,いわゆるアメリカ方式である。すべて1人でやるというのは責任の所在が明確であり,組織としては実にあっさりとして風通しがよい。野心のある若い科学者には魅力的だろう。有機合成化学の最前線を切り拓き,引っ張っていく一握りの層は別として,広く豊かな裾野を支える実質的な担い手となる層にとって,任期制の中での研究・教育と,32歳でも独立して1人で全責任を負う専任教員制度と,どちらがより生産的でより創造性を育むことができるだろうか。創造性溢れる年代の研究者に,自由に研究できる環境を保証することは重大な問題である。

 ところで,私は有機合成の中でも天然物合成を専門にしている。天然物化学の本来の目的は生体の引き起こす現象を有機反応として理解することであり,有機合成化学がその強力で有効な手段になり得ることは,昨今の合成化学の動向からも明らかである。望む分子をいかに供給するか,どのような分子が望む分子となるか,デザインと合成の力が問題となる。共同研究なくしては成り立たない世界である。最近,興味深い2つの経験をした。ひとつは,3年前に海洋生物の光合成に関与する多官能性カロテノイドの全合成を報告したが,昨年全く分野の異なる生物物理分野の研究者から共同研究の申し込みがあった。光合成中心のエネルギー伝達機構におけるこのカロテノイドの役割を解明するため,ツール分子となる誘導体の供給依頼であった。もうひとつは,昨年夏に開催されたスフィンゴリン脂質国際シンポジウムでの講演を依頼された折り,有機化学分野からは韓国からの研究者と私の2人しかおらず大いに歓待され,その後,私たちの合成技術を基にしたツール分子合成の依頼があった。いずれの場合も共同研究へ発展した。好奇心から出発した合成研究が,独自の方法論を持つ目的とする天然物の合成の実現,そして,その天然物の持つ作用に着目して,生体高分子の機能を理解するという展開になれば,有機合成化学の面目躍如たるものがある。

 無から有を生じると言われる有機合成化学の力が他分野から大いに期待されている今日,基礎的学問である有機合成化学をしっかり身につけることによって,いつでも応用的分野へ打って出られるのである。恩師,目(さかん)武雄先生の言葉を借りるなら,自己の思考から飛び出して夢想だにしなかった新しい思考に到達するために“analogous(類比)からanomalous(異常)を求めで”(本協会誌第32巻10号,1974),実用性などにとらわれない真に自由な発想の下に,夢を追いかけながら現象の解明を含む他分野へ参入すれば,思いもかけなかった創造の世界に遭遇するものと信じる。

(2005年7月1日受理)
ページ更新日
2011年11月7日