公益社団法人有機合成化学協会 SSOCJ - The Society of Synthetic Organic Chemistry, Japan

豊かな明日を創る有機合成

巻頭言

夢を語ろう
金政 修司


小さな疑問
 以前から考え続けてきた疑問がある。化学の専門知識をもたない人たちから「あなたは何のためにこの研究をしているのですか?」と質問を受けて,相手を明快に納得させることのできる合成化学者はどれほどいるのだろうか,との思いである。研究者の質問であれば答えることはさほど困難ではない。しかし,化学の知識に乏しい学生だったり,分子の意味もわからない子供であったら,はたと返答に窮してしまう。そのような経験をお持ちではないだろうか?結局,相手がわかってくれたのかの自信がもてぬまま,後味の悪い思いが残る。大学で化学を教えるプロの教員にしてこれである。

 有機合成化学は長足の進歩を遂げ,現象を引き起こすメカニズムには複雑な要素が絡み合い,これを平易な言葉で表現することは困難となっている。また,抽象的な概念が通じなくなっている若者が増えてきたことも,状況をさらに困難にしている。科学者が共通して有している「においを嗅ぎ分ける」嘆覚と推理力を働かせて,心の中に事象をイメージしてほしいと願うこともある。しかし,彼らを責めてみても問題は解決しない。私自身,自分の研究の意義を明快に示し得たと満足したことはないし,また明快に示してくれた研究者に出会った記憶も少ない。有機合成化学とはほとほと難解な学問だと思う。

若者の心を
 今や日本の有機合成化学は,世界をリードできる力を有するまでになった。筆者も,当時の指導者の熱い情熱を肌で感じ,この領域を選択した1人である。そして,自分の中に知識が蓄積されるにつれ有機合成化学の深遠さを知り,その魅力の虜となった。正直に言って,その当時なぜ有機合成化学を選択したかと問われれば,特別の強い魅力を感じるほどその内容がわかっていたわけでは決してない。しかし今は,大きな満足感を感じている。白分の選択が間違っていなかったことに感謝したい。

 本題に移ろう。若者は現在の有機合成化学をどのように見ているのか?なぜに若者を意識するか,その理由は明らかである。これからの社会の中心として国の未来を支えるべき若者や子供たちに,重要性や意義を明快に説くことができなくて,有機合成化学に大きな未来はあるのかと自問すれば,答えは「NO」だからである。ならば,有機合成化学のワクワクする興奮と感動を情熱をもって彼らに伝えることが,我々がいま果たすべき最重要な責務に違いない。我々は責任を十分に果たしているだろうか?

夢を語ろう
 若者は未来を見ている,そして未来の明るさに敏感に反応する。そのとき受けた強い感動に啓発された彼らはさらに大きな夢を育み,自らが成長した後に次世代に新たな夢を語り継ぐ。この世代を越えた継承ルートを確立できれば,有機合成化学のゆるぎなき地盤が構築されるであろう。であれば,未来の大きな展望を明示できるかが,若者を魅了できる鍵を握っていると考えてよい。話の細部を正確に理解させることは必ずしも必須ではなく,彼らの心に「何か」を残すことが大切である。話の細部までは理解できなくても,大きな将来を切り開こうとしている姿勢を敏感に嗅ぎとってわけもなく興奮したことは,誰もが経験したことがある素直な感情であろう。自分の研究を,平易な言葉でどう語るか,読者諸君も一度試してみて欲しい。

そして我々も
 実は,若者に将来を語る視点は,教育と研究に従事する立場にある我々全員がしっかりと対応すべき基本的姿勢と言える。この本質を放置して資金稼ぎに奔走する研究者が多数だとすれば,競争的原理の導入による大学の活性化は危うい。有機合成化学に将来があるとすれば,目を輝かせた若者が競って門戸を叩いてくれる活況をいつまでも維持できることが前提と考える。それには,彼らの大きな期待に応えるために,我々自身が重要で魅力的な学術の発展を期す努力をし続けなければならない。若者に将来の大きな夢を与え得る,より高い価値観と新しい視点を自分に課して,さらに精進する決意を新たにして筆を置きたい。

(2005年12月7日受理)
ページ更新日
2011年11月7日